30人学級


 読者の皆さんの中には学級の人数が50人という時代を体験した方もいるかもしれない。実は私もそうである。たしか私が小学校の低学年頃までは1学級50人近いクラスで勉強していた。



 法規上はどうなっているか調べてみたら、学校教育法施行規則では今でも「50人以下を標準とする」(第20条)となっている。ただ、この第20条には「法令に特別の定がある場合を除き」という記述があり、その「特別の定」が、「義務教育標準法」と呼ばれるものである。

 この標準法では、現在、小中学校の1学級児童生徒数が40人となっているので、全国的に40人(以下)の学級編成が行われているのである。



 この標準法も時代とともに変化していて、法制化当時(昭和34年度から)は定数が50人、昭和39年度に45人、昭和55年度に40人となって、現在に至っているのである。(資料は、こちら

 私が子供の頃に受けた教育がおおざっぱだったとは思わないが、最近では児童生徒一人一人の多様な実態に対応したきめ細かな教育の必要性が叫ばれており、そのためにはできるだけ少人数の学級編成が望まれている。50人→45人→40人という学級定数の変化はそういう背景があっての結果で、現在では30人学級を求める声が大きくなっている。



 このほど(平成12年5月19日)、「教職員配置の在り方等に関する調査研究協力者会議」(文部省教育助成局長の私的懇談会)から、「今後の学級編成及び教職員配置について」という報告が出された。

 詳細は上記のリンクでご参照いただくとして、簡単にいうと30人学級は実現しないことになった。義務教育標準法そのものには手をつけないことになったのである。

 そのかわりに、都道府県教育委員会の判断によって標準法にとらわれない(下回る)学級編成基準を定めることを可能にすることや、非常勤講師の活用などができる教員加配措置などによって、よりきめの細かい学習指導が行えるようにするというのが、この報告の内容である。



 学級の定数を変えずに教師の人数を増やすという方法は、前回の教員定数改善計画(第6次、平成5〜12年度)から登場した。

 この場合は、TT(チーム・ティーチング)のための加配とかコンピュータ教育のための加配ということで、普通の常勤教員(ほとんどは教諭)を増やすというかたちで行われたのだが、今回は非常勤の講師を使って、授業を行う人間の数を増やすという方法である。



 非常勤の講師なので、特定の曜日の特定の時間にしか学校にやって来ない。

 かなり工夫が必要だが、やり方によっては効果的な学習指導も可能になる。

 例えば、1学年に人数が33人の2つの学級がある場合、算数と理科の時間だけは22人の3学級に組み替えをして、そこに本来の学級担任2人に加えて非常勤講師が入り、少人数学級を対象にした指導を行うということもできる。

 それぞれの学級(33人)の指導の際に、担任と非常勤講師がTTを組んで指導をするという方法もあるが(一般的にはこの方法を行っている学校が多い)、それよりも学級組み替えのほうが効果が大きいかもしれない。



 しかし、うんちく講座のNo.281「35時間で割り切れない」でも書いたように、平成14年から完全実施される新しい学習指導要領では、ただでさえ時間割編成が難しくなるので、非常勤講師を組み入れて時間割を編成するのは、かなり難解な作業となるだろう。これは現場にとっては大きな問題である。



 もう1つの問題が教員の質の確保である。

 今回の報告では、教師を退職した人を非常勤講師として使おうという「高齢者再任用制度」なども盛り込まれているが、多くの非常勤講師は、これから教諭任用を目指す若い人になることが考えられる。

 その多くは、教職員採用試験に合格しなかったために、いわゆる就職浪人をしている人である。

 私もこれまで、多くの若い講師の方といっしょに仕事をしてきて、優れた人材がいることも体験しているが、全ての講師の人がそうであるとは断言できないだろう。

 この頃では教員採用試験も10〜20倍という難関になり、優れた人材さえも採用できないような状態なのだが、全体の平均を考えた場合、教諭として試験に合格し採用された人たちと比較すると、非常勤講師の人たちの教師としての力量は若干落ちると考えられる。

 仮に、教諭として採用された人たちと、非常勤講師の力量が同等だと考えても、これから再度、採用試験を受けようという人たちは、自分自身のための受験勉強をしなければいけないという条件があるため、若干のハンディキャップがある。

 この非常勤講師の採用に関しては、試験がないため、極論すると教師として不適格な人材も教壇に立つという心配もある。

 教師を退職した高齢者の場合には、そういう心配もないだろうが、体力的な面、意欲的な面から考えると、これもやはり疑問符がつく。



 私の県ではこの計画が出るのにさきがけて、同様の措置を行っていた。1日4時間、週に3日程度、若い先生が学校に来て、特定の教科でTTの形態で学習指導を行うのである。今回の報告にあるような教科や学級の枠にとらわれない自由な配置はできなくて、特定の教科に限定され、単学級に補助教員として入るというかたちではあるが、平成11年度から、既に一部の学校で実施されているのである。



 私の学校の場合は、中学年の4学級に、それぞれ3時間ずつ、補助的な立場で算数の指導を行っている。それまで学級担任が1人で指導しなければならなかったところを2人で指導することができるのだから効果はある。遅れがちな子にも細かく手をかけることができるので学習の定着度も高くなった。また非常勤講師の先生も積極的に頑張ってくれている。

 学校現場にとっては、とてもありがたいことなのだが、その非常勤講師の先生の立場になって考えてみると、あまり楽しくはないだろう。もし私が同じ立場におかれたのなら、とてもいやだろうと考える。

 この場合の非常勤講師の給料は時間制である。契約も半年ごとで、身分的な保障や交通費等の支給もなく、立場は不安定である。県では非常勤講師の給料の財源として緊急雇用対策の補助金をあてているので、正規の教育予算として対応しているわけではない。(今回の報告では、給料は教育予算として国庫負担するようにと提言されている)

 私がこれまでご一緒した非常勤講師の人たちは、どなたも立派な人ばかりだったが、教員採用試験に合格した人たちではないので、全体的に見れば、指導能力や資質の面での不安もある。



 少子化が進む中で、教員採用はますます難関になっている。教育を志す若い人たちが、試験に合格できないまま、何年もこういった非常勤講師という身分的にも不安定で、一人前の教師の扱いを受けず、あまりやる気を出せないような立場におかれることは好ましいことではない。自分の学級の子もいない学校にパートタイムのアルバイトのように出かけてくるのは、かわいそうでもある。



 今回の報告を受けて、文部省では近日中に第7次の「教員定数改善計画」を出すこととなるが、その内容は、ほぼ今回の報告に沿ったものとなるだろう。



 しかし、現場にいる私たちからすれば、運用が難しく、非常勤講師の資質にも不安が残るこの方法よりも、きちんと身分を保障した上で、子供の指導に全精力を注いでもらえるような、30人学級の実現を切望することは言うまでもない。

 現行の40人学級枠を維持したままで、教科によっては少人数学級を可能にする非常勤講師の活用よりも、少人数の学級に対して担任として責任を持って指導できる態勢のほうが、より効果的であると考える。その上で、教科によっては従来の学級枠を廃して、子供の実態に応じた学習集団の編成替えを行うなどというほうが、子供にとっても教師にとっても望ましい方法である。



 では、実際には、全国的な学級編成の実態はどうなっているのだろうか?



 次に掲げるのが、平成11年度時点での、学級編成の実態である。



小学校
区  分
20人以下
21〜30人
31〜35人
36人以上

(再掲)
31人以上
36人以上
政令指定都市
3,834
16,017
15,943
10,382
46,176
26,325
10,382
( 8.3%)
(34.7%)
(34.5%)
(22.5%)
(100%)
(57.0%)
(22.5%)
10万人以上の市
8,453
26,021
35,601
23,815
93,890
59,416
23,815
(政令指定都市を除く。)
( 9.0%)
(27.7%)
(37.9%)
(25.4%)
(100%)
(63.3%)
(25.4%)
その他の市町村
39,500
43,576
29,606
18,504
131,186
48,110
18,504
(30.1%)
(33.2%)
(22.6%)
(14.1%)
(100%)
(36.7%)
(14.1%)
合   計
51,787
85,614
81,150
52,701
271,252
133,851
52,701
(19.1%)
(31.6%)
(29.9%)
(19.4%)
(100%)
(49.3%)
(19.4%)

中学校
区  分
20人以下
21〜30人
31〜35人
36人以上

(再掲)
31人以上
36人以上
政令指定都市
1,351
1,231
6,934
10,694
20,210
17,628
10,694
( 6.7%)
( 6.1%)
(34.3%)
(52.9%)
(100%)
(87.2%)
(52.9%)
10万人以上の市
2,750
1,648
14,129
25,388
43,915
39,517
25,388
(政令指定都市を除く。)
( 6.3%)
( 3.7%)
(32.2%)
(57.8%)
(100%)
(90.0%)
(57.8%)
その他の市町村
7,144
8,078
19,066
24,035
58,323
43,101
24,035
(12.2%)
(13.9%)
(32.7%)
(41.2%)
(100%)
(73.9%)
(41.2%)
合   計
11,245
10,957
40,129
60,117
122,448
100,246
60,117
( 9.2%)
( 8.9%)
(32.8%)
(49.1%)
(100%)
(81.9%)
(49.1%)




 これによれば、全国的に見て、小学校で約5割、中学校で約8割の学級が30人を越えている。

 標準法の学級定員を30人に変えることによって、これらの学校(学級)では、学級数が1以上増えることになる。



 単純に考えれば、非常勤講師の配置などではなく、すぐにでも30人学級を実現すればよさそうなものだが、いちばん大きな問題は財源である。

 全国一律に30人学級を実施すると、12万人の教師と1兆円の財源が必要になる。(現行6兆円が7兆円になる) 私の住む小さな県で試算しても1500人の増員と137億円が必要なのだそうだ。

 ただでさえ、不景気な現在、一般企業でもリストラが進み、国としても行財政改革が進められている状況である。(本当は平成5年〜10年で終了するはずであった第6次の教員定数改善計画が平成12年までずれこんだのも行財政改革の影響である)

 国にとって教育の充実と改善が大切だということには誰も異論がないだろうが、そのために大きな予算が必要だということになると批判も出てくるだろう。



 今回の報告をもとに行われる第7次の定数改善計画でも、非常勤講師給与の国庫負担など、財源は必要になるのだが、これは次のような方法でまかなわれるのだそうだ。

 このままだと、今後5年間で教職員の定数は約2万数千人減少する。これは少子化による児童生徒数の減少のためである。これで数千億円のお金が不要になるのだが、その分を削減せずに非常勤講師等の給与に向けようという計画である。つまり教育予算を増額するのではなく、削減しないという方法で対応するのである。



 もし30人学級を実現して、多くの教師を正規の教諭として採用した場合、そのあとで少子化による学級数減のために教師に余剰人員が出ることになる。そうなると余った教師をクビにしなければならないことにもなる。そのへんも難しい問題である。



 こういった事情を配慮した上で考え出されたのが今回の報告なのだと思うが、緩衝材として使われるような非常勤講師あるいは定数枠内講師のことを考えると、どうもすっきりしないし、子供にとってもベストであるとは言えないようにも思う。



 ところで先日、私の県では、全国にさきがけて「30人学級の実現に向けた意見書」を県議会において全員一致で可決した。

 意見書という性質から、これがすぐに実現への決め手になるというものではないが、都道府県教育委員会が学級定数基準を最終的に決定することができるようになるので、場合によっては我が県が日本最初の30人学級実施県になる可能性もある。(実際には義務教育費国庫負担法で教職員給与の半額を国が負担しているので、県単独の実施は県費支出になり、難しい一面もあるが)

 これまで述べたように、少子化や財源の確保など困難点は多いのだが、かわいそうな若い教師をなくし、全国の児童生徒一人一人に行き届いた教育を実現するためにも、やはりおおもとになる「標準法」の改正が望まれる。そのためにも我が県で可決した意見書が見直しに一石を投じることを願っている。

<00.07.29>



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