横書き文書の読点


 お気づきの方も多いと思うが、私は自分のホームページの文章や、掲示板に書き込む文章で、読点に「、」を使っている。

 これは、現役の国語教師としては「ちょっとマズイこと」なのである(^^;)



 言葉の表現が乱れていると問題になっている昨今、私たちはできるだけ正しい言語表現を使うように心がけなければならない。特に児童生徒の見本となるべき教師は、どのような表現が標準であるかをきちんと知り、それに合った表現をすべきである。

 私もそれに気をつけて、「子ども達」ではなく「子供たち」、「一人ひとり」ではなく「一人一人」など、いわゆる「正しい表現」を使うように心がけている。このことについては、うんちく講座No.168「せっかく育てた子供たちが」に詳述しているのでご参照いただきたい。



 では、読点についての標準はどうなっているのだろうか?

 その前に、読点ということについて、ちょっとおさらいをしておきたい。



 読点は「とうてん」と読み、句読点(くとうてん)の一種である。(文部省では後述のように1946年から「句読点」ではなく「くぎり符号」と呼んでいる)

 一般的には、句点は「。」(まる)、読点は「、」(てん)で表記される。

 明治初期までは、日本の文章には句読点は全く無かったそうである。明治39年(1906)に、時の文部省が国定教科書の基準として「句読法案」というのを出して、この中に「、」「。」が登場している。この「、」「。」はもともと漢文を読むための符号だったそうで、「レ」(返り点)と同じようなものだったらしい。ひとつの文が終わるところに「句点」の「。」(まる)をうち、文中で読みを区切ったほうがよいところに「読点」の「、」(てん)をうったわけである。

 昔は、ほとんどの文章が縦書きであったから、これで問題はなかった。



 戦後になり、公用文を横書きにする方向が打ち出された。ここで問題になるのが横書き表現での句読点である。

 当時は、英文と全く同じように、「句点」に「.」(ピリオド)、「読点」に「,」(コンマ)を使おうという案や、縦書きと同じにしようという案などがあったようだが、最終的に落ち着いたのが、「句点」には縦書きと同じ「。」(まる)、「読点」には英文と同じように「,」(コンマ)を使うという案である。



 このことが明記されているのが、昭和21年(1946)に文部省教科書局国語調査室」から出された「くぎり符号の使ひ方〔句読法〕案」である。(これも一般的には「句読法案」と呼ばれている)

 この全文については、文化庁のこちらのサイトで参照できる。(PDFファイル形式)

 この「句読法案」の最後の方に、「主として横書きに用ひるもの」という項があり、そこで次のような記述がある。

1  ピリオドは、ローマ字文では終止符として用ひるが、横書きの漢字交りかな文では、普通には、ピリオドの代りにマルをうつ
2 テン又はナカテンの代りに、コンマ又はセミコロンを適当に用ひる


 これだけだとわかりにくい感じもするが、昭和25年(1950)に出された「文部省刊行物表記の基準」(後に「国語の書き表し方」に改題)の付録である「横書きの場合の書き方」には、次のように書かれている。

1 横書きの場合は、左横書きとする。
2 くり返し符号は、「々」以外は用いない。
3 くぎり符号の使い方は、縦書きの場合と同じである。ただし、横書きの場合は「、」を用いず、「,」を用いる。
4 数字を書く場合は、算用数字を用いる。ただし、慣用的な語、または数量的な意味の薄い語は、漢数字を用いる。


 これらの総まとめというかたちで、昭和27年(1952)に出された「公用文作成の要領」では、次のようになっている。

句読点は,横書きでは「,」および「。」を用いる。




 通知として出されたこれらの内容は、その後に改訂されてはいないので、現在もこれが基準ということになる。

 したがって、私も、横書き文書では、読点として「,」(コンマ)を使うべきなのだが、あえて「、」(てん)を使っているのには、次の3つの理由がある。


1 日常の文章作成において使いにくい。

2 別の基準が存在する。

3 行政においても使い方が統一されていない。



 まずは「日常の文章作成において使いにくい」ということであるが、これは私が文章作成のほとんどの作業において、パソコンのワープロソフトを使っていることも理由となる。

 十数年来の「一太郎」派(バージョン3から使っていた)である私は、句読点についても一太郎の初期設定のままで使用してきた。この初期設定が「句点」は「。」、「読点」が「、」になっている。



 上の画像のように、「。」「、」ではなく、「.」「,」を使う設定にも変更することができるのだが、この設定は縦書き・横書きの両方に反映するので、「ピリオド」や「コンマ」に設定した場合、縦書きの場合でもそうなってしまうので、実に具合が悪い。

 パソコンのキー配置が「、」と「,」が別になっているのならば、縦書き文書と横書き文書を区別して入力もできるが(だとしても、とても使いにくいだろう)実際にはこの2つのくぎり符号には同じキーが割り当てられている。文書の書式の縦横によって、キー入力の設定をいちいち切り替えるなどというのは全く非効率的である。

 それに、横書きの文書から一部を範囲選択しコピーして、それを縦書きの文書中に貼り付けるなどということもよくある作業である。(インターネット上の資料から引用する場合など)

 その際に、横書きで「コンマ」になっている読点を、全て「てん」に置き換えないといけないとすれば、大変な手間である。(横書き文書で「ペ」などのように、音をのばす「」は、コピー&ペーストして縦書き文書に貼り付けた場合は、ちゃんと自動的に縦棒の「|」に置き換わるのだが‥‥)

 そもそも、縦書きと横書きによって読点が変わるということ自体、日本語としておかしなことだと思う。



 2番目の「別の基準が存在する」ということも、私が横書き読点に「,」を使うことに疑問を抱く理由になっている。

 文章表現のプロというと、新聞社等の文章を扱うマスコミということになるだろう。これらの基準となっている共同通信社発刊の「記者ハンドブック」では、「文章の区切りを示すための句点は『。』、読点は『、』を使う。『.』『,』は使わない」と明記している。

 新聞はほとんど縦書きの文章なのだが、部分的に見られる横書きの囲み記事でも、この原則は守られていて、読点には「、」が使われてる。また、インターネット上の新聞社のホームページのニュース記事等でも、読点に「,」が使われている例は見ることがない。

 マスコミの場合は、「体制になびかない」という反骨精神もあるので、「自分たちなりのスタンダード」を作ったと言えないこともないが、行政側でも「読点は『、』を用いる」としたものがある。昭和34年(1959)に自治庁が作った「左横書き文書の作成要領」では「句読点は,『。』(まる)及び『、』(てん)を用いる。『,』(コンマ)は用いない。」となっているのである(^^;)

 年代的にはこちらの方が新しいので、これが政府のスタンダードだということになれば、読点に「,」を使うのが間違いで、「、」を使うのが標準ということになってしまう。(そうなると私の使い方は間違いではないし、私としては日本語として無理のないこちらの方を支持したい)



 3番目の「行政においても使い方が統一されていない」というのも、疑問に拍車をかける(^^;)

 まずは、まさに日本の顔であるはずの首相の「メールマガジン案内のホームページ」である。こちらでは見事に、横書き読点に「、」が使われている。このページから参照できる「メールマガジンのバックナンバー」の文章も全て読点は「、」である。(官報のページも全て「、」)

 内閣総理大臣が統括している文部省(現在は文部科学省)が通知した「国語の書き表し方」に反した読点の使い方を内閣全体が行っているとすれば、文部科学省の面目は丸つぶれということになるし、上部組織である内閣が下部組織である文部科学省の施策に通じていないということで、行政のあり方のいい加減さを示す証拠ということにもなりかねないのだが、当の文部科学省のホームページでの文章も全て横書き読点に「、」を使っているところを見れば、昭和20年代に出た「国語の書き表し方」での「横書き文書での読点『,』案」は死文化しており、昭和30年代に出た自治庁の「左横書き文書の作成要項」での「読点『、』案」がスタンダードになっていると見るほうが正しいのかもしれない(^^;)

 (ちなみに、内閣のホームページの中では、文部科学省の下部組織である文化庁のホームページだけが掲載文書中に律儀に「読点『,』」を使っている。(文化庁のトップページでは「、」を使っているが‥‥)



 文部科学省の刊行物では、さすがに「,」を使っているのがほとんどだが、平成11年5月に発行された「小学校学習指導要領解説」(いわゆる指導書)では、全ての教科と領域(道徳・特活)の文章で「,」が使われているのに、面白いことにただ1ページだけ、「総則編」の「まえがき」(文部省初等中等教育局長が書いた文章)の部分で「、」が使われている。

 校正のミスかもしれないが、「本当はこの表記の方が正しいのだ」という意味にもとれて味わい深い(^^;)



 ということで、私が横書き文書の読点に「、」を使っているのは、かつての文部省が「読点には『,』を使うのが正しい」と通知したことを知らないで使っているのではなく、知った上であえて逆らっているという確信犯である(^^;)

 確信犯行為を行っているのは、これまで述べた3つの理由によるだけでなく、自分自身、「なぜ横書き文書で『、』でなく『,』を使うべきなのか納得できない」ということと、それを根拠立てて説明している資料が何もないということに起因する。

 例えば「横書き文書では漢数字ではなく算用数字を用いる」というのは、「一万二千九百八十円」という表記よりも「12,980円」と表記した方がわかりやすいということで納得できる。しかし、縦書きでは「、」であったものが、横書きにすると「,」になるというのは、よく理解できないし、それを納得させてくれる根拠もどこにもないのである。

 個人的には、「日本語の表記の読点は、縦書きにおいても横書きにおいても全て『、』を用いる」とすべきなのではないかと思っている。



 話は変わるのだが、学校で発行する文書も公用文と呼べるだろう。各学級の担任が出す「学級だより」の類もそうである。

 学級担任が何の制限も受けずに作成・配布する場合もあるが、学校によっては校長や教頭に目を通してもらってから発行することもある。

 その際に管理職が「『、』を使うのは公的文書として正しくない。『,』に書き直して発行するように!」と指示しているところもあると聞く。

 管理職が「国語の書き表し方」に何の知識もなく、学級担任が書いたままの文章にOKを出すよりは、「物知りで偉いなぁ」という気もするが、もう少し物知りであってくれたならば、自分の学校から出る文書の読点を全て「,」にするということはないのではないだろうか(^^;)

 私ならば、読点が「、」であろうと「,」であろうと、その文書の中で統一されているならば、それでよしとしたい。また、自分が書く横書き文書の場合(特に上から指示がなければ)確信犯ではあるが「、」を使うつもりである。これについては首相も文部科学省も文句はないだろうと思う(^^;)



 ところで、このコンテンツを書くために、自分でも参考文献等をいろいろ調べたのだが、インターネット上で検索したら、私の拙文とは比較にならないぐらい、豊富な情報とセンス溢れる文章に巡り会った。横書き文書の読点について詳しく知りたい方は、ぜひ、下の2つのページをご参照いただきたい。(このコンテンツを書くにあたっても大変参考にさせていただきました)

「横書き文の句読点について」

「横書き句読点の謎」
<03.06.29>

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