デフレとオヤジロック
NHKのBS2で年末に恒例になっている番組に「熱血!オヤジバトル」というバンドコンテストがある。
NHK福岡放送局が制作している番組で、メンバーの平均年齢が40歳を越えるバンドに参加資格があるというユニークなものだが、若い人を対象としたNHKの番組「ヤングバトル」に対抗したものらしい(^^;)
全国で100を超えるバンドがエントリーするとのことで、本選に出場できるのは10バンド程度。私とほぼ同年代の人たちが中心で、年齢に似合わない(^^;)熱い演奏や、年輪を感じさせる渋い演奏などで、大いに楽しませてくれる。
さすがに40代以上ともなると、「このコンテストを機会にプロのミュージシャンを目指そう」という人はほとんどいないようで、余暇の時間を昔から好きだったバンド演奏で楽しもうというスタンスの人が多く、ゆとりと味わいのある演奏である。
この「熱血!オヤジバトル」に出てくるバンドだけでなく、この頃は40代・50代の人がバンド演奏を楽しむ傾向があるという。
青春時代に、ヴェンチャーズ、ビートルズ、ストーンズ、レッドツェッペリン、ディープパープル等の洋楽バンドや、グループ・サウンズ、カレッジ・フォークなどのコピー演奏などをやっていた人たちが、それから20年・30年たって、もう一度演奏をして楽しんでみようということのようだ。(中には若いときからずっとやり続けている人もいるようだが)
そういう人たちを見ると、高級な楽器を使っている人が多い。
「高級な楽器」と言ってもわかりにくいかもしれないが、プロのロックミュージシャンが使っている楽器と同じようなものを使っているということである。例えばエレキギターの場合、ギブソンのレス・ポール・モデルとか、フェンダーのストラトキャスターなどである。
私も「オヤジバトル」に出る人たちと同年代であるが、若い頃にロックバンドをやっていた頃(今から30年程前)には、世界のロックスターと同じ楽器を使うなどというのは、「夢のまた夢」という感じであった。
ロックギターの神様であるジミ・ヘンドリックスが使っていたフェンダー・ストラトキャスターは、当時の販売価格で20万円以上。ギター・アンプはマーシャルで、これは1セットで50万円もした。
当時、私のようにアマチュア・ロックバンドの人たちは、ほとんど私と同じで「ビンボー」だったはずである。ジミヘンと同じ楽器を持つために70万円も支出できたという人は、よっぽど金持ちの息子でもなければいなかっただろう。(大卒の初任給が10万円程度といった時代である)
何年もアルバイトをしたり、食費を切りつめたりして、楽器に使うお金をつくっても10万円程度が関の山。フェンダーやマーシャルの本物を買うのは諦めて、国産メーカーのコピーモデルで我慢していた人が大半だったのではないだろうか。
私の手もとに、1976(昭和51)年に発行された「楽器の本」(日刊スポーツ出版社)という本がある。
主にロックバンドを対象に出された本なのだが、その中に楽器のカタログが掲載されているので、おもだったところを紹介しよう。

エレキギターの2大人気機種をとりあげてみたが、ストラトキャスターが22万円、レス・ポールが27〜35万円である。(この当時はレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジなどが使って人気のあったレス・ポール・スタンダードは発売停止状態であった。その後再発売されている)
次に、ギター・アンプとマイクロフォンのカタログを掲載しよう。

ロックスターが使っていて人気のあったマーシャルやフェンダーのアンプが、30万円から50万円。とても貧乏学生が買える価格ではない。ボーカリスト(当時、私はボーカルであった)の憧れのマイク、シュアーのSM58(今でもロックコンサートではこのマイクがメインで使われている)は6万円以上もした。貧乏学生の私は国産メーカーの「プリモ」の1万2千円のマイクを持っていたが、それを買うにも大きな決断が必要だった(^^;)
ということで、30年位前にバンドをやっていて、その後はバンドから離れて普通のオジサンをやっている(^^;)という私のような人には、今でも「舶来高級楽器(^^;)」は高価なものというイメージがあるのだが、最近、ネット上でこれらの楽器類の価格を調べてみて驚いた。なんとメチャクチャに安くなっているのである。
まずは、私の憧れのマイクであった「シェアーのSM58」だが、上の資料のように当時6万円以上もしたのが、今では定価で1万8千円程度。値引きをする店で買えば1万5千円程度で手に入る。当時の4分の1の価格になっているのだ。
上の楽器カタログが出された1976(昭和51)年当時、タバコのハイライトの値段が120円。その数年前にはハイライトが80円で、SM58の価格はこのカタログとほとんど同じであった。現在(2003年)のハイライトの価格が250円になっていることを考えると、価格は10分の1ぐらいになっている感じがある。
ギターやアンプ類も同様で、同じグレードの楽器類であれば、30年前頃の販売価格より今のほうが半値程度になっているのがほとんどである。フェンダーのギターなどは、アメリカ製だと今でも10万円以上でそれなりの価格だが、みためがほとんど同じ「フェンダー・ジャパン」社製もあり、これだと3万円程度で買える。
アンプ類も昔のように大型アンプでなくて、自宅や小さいスタジオで使えるような製品(出力15W程度)も多く出ており、マーシャルやフェンダーなどの製品が1万円ぐらいで買えるようになった。
憧れのメーカーの楽器類が、昔のように「高嶺の花」ではなく、「お小遣いで買える」程度に身近なものになってきている。
こんなに輸入楽器等が安くなったのにはいくつか理由がある。
1つめは、私が学生の頃の「ドル・円の相場関係」が変わったことである。
私が子供の頃には「ハンドルの値段は?180円!」というナゾナゾが知られていた。当時の1ドルが日本円にして360円だったからである。(ハンドル→半ドル)
日本円の外国為替相場は、1949(昭和24)年4月に、「1ドル=360円」の単一レートが決められ、以来、1971(昭和46)年12月までの20年以上、固定していた。1971(昭和46)年12月には「1ドル=308円」に切り上げられた。1973(昭和48)年2月14日に変動相場制が導入され、以後、円の相場が徐々に上がって、現在では「1ドル=100円」程度になったのだが、前掲のカタログが出された1976(昭和51)年頃には、「1ドル=300円」程度であったのである。
つまり(楽器の海外での販売価格が現在と変わらないと仮定すれば)アメリカでの販売価格が500ドルの場合、日本で買うと当時なら「1ドル=300円」で価格が15万円になったものが、今なら「1ドル=100円」で5万円で買えるわけである。
2つめは、デフレの影響であろう。
このコンテンツのタイトルにも「デフレ」という言葉を使ったが、私としては「物価下落(値下がり)」という意味で使ったのである。
経済用語を正しく使うならば、「デフレ」とは「物価下落を伴った景気後退」という定義になるはずなのだが、2001(平成13)年3月から政府ではその定義を「継続的な物価下落」に改めたので、私の使い方でも間違いということもないだろう(^^;)
コンピュータのような最新の電子機器等は、大量生産の関係もあって、価格がどんどん安くなっているが、それは別の問題として、性能や生産数がほとんど変わらないような製品であっても価格が安くなってきている傾向がある。数年前に4万円だったものが、いまだと3万円で買えるというような状況である。
楽器等にもその傾向は見られるようだ。原料費や人件費はそれほど変わっていないのだろうから、製造業者としては大変なことなのだと思う。
デフレスパイラルという言葉があるそうだ。
デフレの世の中で商品を売るには価格を下げなければならない。だんだん価格が下がることがわかってくると、消費者は「もう少し待てばもっと価格が下がるだろう」と考え、買い惜しみをするようになる。それに対応して生産者はもっと価格を下げざるを得ない。これが繰り返されて景気がどんどん落ち込んでしまうという状態のことらしい。
デフレは確実に進んでいるようで、つい先日、私も就職して25年たって初めて給料が下がるという事態になった。(1ヶ月の手取りが1万円の減少である。不景気な世の中で、リストラ等で失職した人の苦労からみればたいしたことではないのかもしれないが、年間にして20万円近いマイナスは痛い。生涯賃金や退職金にも影響するので「ああそうですか」と気楽に看過できるようなことではない‥‥)
ここで財布のヒモを引き締めるのもひとつの対応法ではあるが、下手をするとデフレスパイラルを加速することにもなりかねない。
そこで思い切って、昔憧れたエレキギターやアンプを買って、「オヤジロック」を楽しむというのはどうだろうか(^^;)
外で飲むのをちょっと辛抱すれば、昔「高嶺の花」だと思っていた器材が手に入る。あとはそれで余暇の時間をエンジョイするというのも、けっこう賢明でリッチな暮らし方かもしれない。
ただ、田舎で淋しく暮らしている私には、いっしょに「オヤジバンド」をやる友達と環境がないのが残念なことである‥‥。しかたないので「うんちく講座」No.366「プロ技パクって自作MIDI」のようにMIDI打ち込みや自宅録音等をやっているが、これもあまり経費をかけないでやることができるような時代にはなっているものの、やはり生でバンド演奏をやる魅力には勝てないようだ(^^;)
<03.01.27>
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