「うんちく講座」No.13「日本語のよりどころ」でも紹介しているが、私が日本語うんぬんについて書くときに、最も信頼できる資料にしているのが、文化庁で発行している「ことば」シリーズの「言葉に関する問答集」である。
冊子の前書きにも書かれているように、「国民の言語生活について、標準や規範を示そうとするものではなく、人々が言葉について考えたり話し合ったりするきっかけとなり、参考となることをねらいとして」いるのだそうだが、言語学等に関する専門家が十分に検討を重ねて書いたものだけに、言葉に関してはいいかげんな思いつきで書いたものではないことは確かである。
このシリーズは、昭和48年度から平成5年度までの間に「ことば」シリーズとして刊行され、「言葉に関する問答集」としては第20集まで出されている。
平成6年度からは、新「ことば」シリーズとなり、「言葉に関する問答集」も「外来語編」「意味の似た言葉」などのようにテーマ別の編集になったが、相変わらず面白い内容が書かれている。
私のてもとにある中では最も新しい、平成11年3月発行の、新「ことば」シリーズ10「言葉に関する問答集」−意味の似た言葉−に、次のようなものがあった。
- [問26]
- 若い人は「スライド」と言って「幻灯」とは言わないように思います。このような言葉には、どんなものがありますか。
その回答を要約すると次のようになる。
このような違いが生じた背景には、ここ数十年で物の呼び名、つまり語形の新旧交代が起こったという事情がある。旧来の呼び名である漢語の「幻灯」から、新しい外来語の「スライド」へと移行し、現状は「スライド」と「幻灯」が共存しながらも、勢力が「スライド」の方に大きく傾いた段階であると言える。
このような場合、移行期には新旧の語形の使い手に、年齢的・世代的な偏りが見られる。
ある人が持っている言葉の中には、その人が実際に使っている言葉(これを「使用語」という)と、知ってはいるが自分では使わない言葉(これを「理解語」という)がある。
「スライド」と「幻灯」について、使用語であるかどうかの観点から見ると、現在の世の中には大きく次の3つのタイプの人がいることになる。
A.「幻灯」専用 → 古い世代
B.「幻灯・スライド」併用 → 中間の世代
C.「スライド」専用 → 若い世代
それぞれのタイプも、更に細かく分類されている。この「言葉に関する問答集」では、それが文章で書かれているが、ここでは表にしてみよう。
幻灯が
専用使用語の
古い世代(A)スライドという
言葉を全く知らない
(A1)理解語としては
スライドを知っ
ている(A2) −
(A3)幻灯・スライド
併用の中間の世代
(B)併用しているが
つい幻灯と言う
(B1)話し相手の年齢層
に合わせ使い分け
ている(B2)併用しているが主
にスライドと言う
(B3)スライドが
専用使用語の
若い世代(C)幻灯という言葉を
使ったことがある
(C1)幻灯を聞いたこと
がある(理解語)
(C2)幻灯という言葉
を全く知らない
(C3)
それぞれのタイプの「1・2・3」の分類は、本文の内容をもとに私が整理してみたのだが、番号の小さい方がそれぞれのタイプの中では古い方になる。私は「幻灯・スライド」に関してはC1タイプのようだが、みなさんはいかがだろうか。
この表のA1タイプの人とC3タイプの人が会話をした場合には、同じ物(映写装置)について話していても全く話が通じないということになる。
こうやって語形の新旧交代が起きると、やがて旧語形は老年層だけに使われるという段階に達する。ある時期の老年層に特徴的な言葉ということで、これらを「老人語」と呼ぶのだそうだ(^^;)
※上の文章は、ほぼ原文のままの引用である。私が書いたわけではない。それにしても「老人語」とはすごい! 繰り返しになってしつこいのだが「老人語」というのは私の造語ではない。ちゃんとした文化庁の刊行物に書かれている言葉である(^^;)
さて、その老人語であるが、例として次のようなものがあげられていた。
和語・漢語から外来語へ
旧語形 新語形 さじ スプーン かくし ポケット いいなずけ フィアンセ えりまき マフラー 前掛け エプロン 黒眼鏡 サングラス 外套・オーバー コート 写真機 カメラ 拡声機 スピーカー 落下傘 パラシュート 手風琴 アコーディオン 帳面 ノート
外来語から外来語へ
旧語形 新語形 チョッキ ベスト バンド ベルト アベック カップル
その他の例
旧語形 新語形 かなだらい 洗面器 とおめがね 望遠鏡 器量よし 美人 湯殿 風呂場 停車場 駅 寒暖計 温度計 宮城 皇居 舶来 輸入 活動写真 映画 シャボン 石鹸 シャッポ 帽子
こうやって並べてみると、旧語形には、私の祖父母あたりが使っていたような言葉が多い。
その祖父母も、今はいないので、言葉としてはもう死に絶えたということになるのかもしれない。事実、これらの言葉を20代の人に見せたら、見たことも聞いたこともないという言葉が大半であった。
「言葉に関する問答集」には、「老人語は、若い世代に全く通じないか、古くさいと感じられる言葉であり、次第に忘れられてゆく言葉」というように書かれている。
そういう意味(若い世代に古くさいと感じられる)では、数年前に流行した言葉でさえも「老人語」扱いされるものも多いようだ。
「ナウい」とか「ヤング」などというのは完全に老人語化しているし(オジン語かな)、私などにとってはつい最近の流行語のような気がする「チョベリグ」なども、若い人に合わせるつもりで使ったりすると「オジーン!」と白い目で見られてしまう(^^;)
まあ「老人語」と呼ばれようと、それが自分の世代にぴったりした言葉なのだから、無理に若者言葉に変えなくても、自然体で使っていくことのほうが、日本語を大切にするということなのかもしれない。
<00.02.03>