歌っちゃいけない歌



 少し前に、熊に襲われた事故がニュースになった。ときどきあることで、私のよく知っている方のご家族も熊の犠牲になっている。

 そういう事故の関係者の方にとって、「森のくまさん」という歌は、かなり不快なものだろう。

 何も知らなかったのならしかたがないかもしれないが、事故のことを知っているのであれば、事故の関係者の方がいる場所では「森のくまさん」を歌うべきではない。



 結婚披露宴などのめでたい席でも、歌わないほうがよい歌というのは、だいたい決まっている。「別れる・切れる・逃げる」などの、いわゆる結婚式の禁句が入っている歌だ。

 「♪別れることは辛いけど‥‥」の「星影のワルツ」。「♪逃げた女房にゃ未練はないが‥‥」の「浪曲子守歌」などは代表格である。

 しかし、面白いもので、結婚披露宴の余興で、不思議に1人・2人は、「ちょっと!その歌はマズイんじゃないの?」というような曲を張り切って歌ったりするものだ。(^^;)



 私も、これまで学校に勤めていて、「この歌は歌っちゃマズイ」というような場面に、何度か出会ったことがある。



 小学校3年生を担任していたときのこと。その学校には「今月の歌」というのがあって、どの学級でも「朝の会」のときに、全校放送に合わせて、その歌を歌うことになっていた。

 職員の朝の打ち合わせが長引くと、担任が教室に行く前に全校放送が流れる。ちょうどその日も、私が教室に着く前に「朝の歌」の放送は終わっていた。

 教室に入ってみると、Kちゃんという女の子が机に突っ伏して泣いており、その回りを数人の子が心配そうに取り囲んでいた。

 最初、不思議に思った私も、「今月の歌」が「大きな古時計」だったことに気づき、全てを理解した。

 Kちゃんは、大好きだったおじいさんが亡くなり、葬式が終わって、その日から登校してきていたのだった。

 おじいさんと別れたばかりで、悲しい気持ちでいる子に、「♪天国へのぼるおじいさん、時計ともお別れ‥」と、みんなが大きな声で歌うのは、あまりにも酷である。大規模校であったので、全校で歌っている「今月の歌」を変えることはできなかったが、私の学級だけは別の歌にすることを認めてもらい、「今月の歌」の時間には放送のスピーカーの音量をゼロにして、ラジカセで別の曲を流して歌ったものだ。



 「大きな古時計」については、別の学校に勤めていたときも、当時の教頭先生から「あの曲を変えてもらえないかなぁ」と言われたことがある。

 そのときは、全校児童に歌わせる「今月の歌」ではなく、職員が朝の打ち合わせの前に歌う「今月の歌」だったのだが、その教頭先生は、実際に自分の父親が掛時計を買ってきてくれて、その後まもなく亡くなられたという体験があり、「大きな古時計」を聞くと、それが思い出されて辛くなるということだった。すぐに別の歌に変えたのはもちろんである。

 「大きな古時計」に限らず、「グリーン・グリーン」なども場合によっては配慮しなければならない曲だ。これでは父親が死んだことを扱っているのだが、親を亡くした子には耐えられないこともあるようだ。



 「今月の歌」では、死別には関係ないが、校務員(当時は用務員と呼んでいた)のおじさんから、「先生、あの歌、やめてくれないかなぁ」と言われたことがある。

 ちょうど真冬の時期であった。「今月の歌」は「雪のおどり」という歌であった。

 雪の多い私の地域では、雪が降った日は、朝早くから除雪作業に忙しい。校務員のおじさんは、暗いうちから起き出して、登校する児童が困らないように、校門から玄関までの長い道をきれいに除雪してくれていた。

 私が学校に着く頃には、おじさんはシャツを何枚も着替えて、頭から湯気をたてて、除雪を終えている。大変な重労働である。

 ところが、毎朝、全校の教室からは「♪こんこんこんこん 降れ降れ雪 ずんずんずんずん 積もれよ雪 (中略) 降れ降れいつまでも 降れ降れ屋根までも」と、子供達が大きな声で歌う声が聞こえてくる。

 それを聞くたびに、校務員のおじさんはがっくりとしてしまうというのだ。これは笑って済ませてはいられない。すぐに校長先生に話して、別の曲に変更した。



 誰にとっても愉快という歌ばかりはないので、あまり気をつかいすぎるのもどうかと思うが、あきらかに具合が悪いというときには「今月の歌」の選曲も考えるべきだろう。

 まあ、歌謡曲の場合などは、わざと悲しい恋の歌にして、聞く人を泣かせるということもあるが(恋の歌で泣けるのは、ほとんど自分自身の体験に置き換えているからだろう)、商売の音楽は別として、学校で扱う音楽の場合は、いろんな人の心情に配慮しなければならないようだ。



 余談になるが、前述の「雪のおどり」はチェコスロバキア民謡である。昔はこの曲を歌うことが多かったのだが、近年では同名異曲の「雪のおどり」が小学校3年生の音楽の教科書にとりあげられるようになった。こちらは日本人の作詞作曲で、歌詞もメルヘン的なものである。もしかしたら前者の「雪のおどり」(降れ降れ雪‥という歌)は、雪害等に苦しむ人からも不評だったのかもしれない。

 「雪のおどり」のMIDIデータを2つ掲載しておくので、聞きくらべていただきたい。

1.雪のおどり
2.雪のおどり
作詞:油井 圭三
チェコスロバキア民謡
作詞:小林 純一
作曲:市川都志春


こんこん こんこん ふれふれ雪
ずんずん ずんずん つもれよ雪
 声なきリズムにのり
 ゆかいにおどりながら
ふれふれ いつまでも
ふれふれ 屋根までも
おどるよ おどるよ ひらひらおどる
こびとが おおぜい ほらまどで
 しろい ふくを ひらひらさせて
 ゆきの こびと きれいだな


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