「学校で1回だけ学習するのでは不十分。予習や復習が大切」ということがよく言われる。
逆に「教室での学習に集中してさえいれば、それで十分」という考え方もある。どちらが本当なのだろう。
実際に授業をしてきた経験からいうと、予習・復習をきちんとしている子のほうが、学習の定着度、いわゆる成績がよいような感じを受ける。しかし、中には、家ではほとんど勉強をしていなくても授業中にしっかり集中しているだけで良い成績をとっている子がいるのも事実である。
意地の悪い見方をすると、学校での指導が不十分なので、教師は予習や復習によってそれを補充させているということも言えなくはない(^^;)
「教室で100%の定着を図らせるような指導をする教師が良い教師なのか?」「予習や復習はそんなに効果があるのか?」ということについて、調べてみた結果をまとめてみよう。
私が学生の頃、教育心理学の授業で、「学習後に復習をするのとしないのとでは、記憶の定着度が大きく違ってくる」というようなことを聞いたような気がする。
私はそのことをちゃんと復習しなかったようで(^^;)、今となってはその内容をすっかり忘れてしまった。
そこで改めてインターネットでそれに関する情報を調べてみたら、「エビングハウスの記憶研究」というものがあることを知った。以下はその概要である。
19世紀のドイツの心理学者、ヘルマン・エビングハウス(Ebbinghaus,Hermann,1850〜1909)は、記憶と忘却の時間的関係を測定するために、「子音・母音・子音」の意味のない3文字綴り(「YUK」「MEV」のようなもの)を暗記し、一定時間経過後、どの程度思い出せるかを実験によって調べた。
この結果をグラフ化したものが、有名な「忘却曲線」である。
数値を表にまとめると次のようになる。
この数値を全て一覧にしたサイトはなかったので、いくつかのサイトから得た数値を私が1つにまとめたのがこれだが、だいたい間違いはないはずである。
時間の経過 20分後 1時間後 9時間後 1日後 6日後 1ヶ月後 覚えている割合 58% 44% 36% 26% 24% 21%
これは大変なことである(^^;)
学校で教師が一生懸命に勉強を教えても、子供は1時間もたたないうちに半分以上の内容を忘れ、家に帰った頃には3分の2程度を忘れ、翌日になると4分の1程度しか覚えていないということになる。
そうなると、帰宅後に必ず復習を義務づけないと子供の学習内容は定着しないということになってしまう。
この忘却曲線をもとに考えると、復習は学習後なるべく早い時間に行わせたほうが効果が高いようだ。また復習の回数は1回だけでなく、複数回行わせたほうがより効果があると考えられる。
また、学校で学習する前に予習を行えば、学校での学習そのものが復習の意味を持つことになるので、これも学習内容の定着には効果が高いだろう。
ただし、ここで考えておかなければならないのは、このエビングハウスの実験が「無意味綴りの暗記」というやり方で行われたということである。
実験で使われた記憶用の3文字綴りは「RUP・GOX・PIM」などのように意味を持たないものである。これを「YOU・DID・NOT・SAY・YES・BUT・SHE・CAN・EAT・ONE・EGG」などのような言葉を使ったとしたらどうだろう。おそらく1日たったとしてもほとんど覚えているのではないだろうか。
全く意味を持たない言葉を一方的に「暗記しなさい」と言われても、学習者に意欲が生じるはずがない。まさに「機械的に覚えさせられる」という状態である。こういう記憶を頭に詰め込んでおくのは健全ではない(^^;)「不要なものはどんどん忘れてしまおう」という働きが起きるのは当然のことであろう。
しかし、このような実験の際に、「自分で好きな3文字綴りを考え出して、それを全て暗記してみましょう」というやり方をしたなら忘却曲線は大きく違ったものになるだろう。もしかしたら1週間後でも70%以上を記憶しているということになるかもしれない。
学習内容をしっかり定着させようとするならば、他にもいろいろな方法が考えられるだろう。以下に列挙してみよう。
- 記憶内容の意味づけ
- 前述の例の「YOU DID NOT SAY YES BUT SHE CAN EAT ONE EGG」のように、無意味な単語の羅列ではなく「あなたはイエスと言わなかった。しかし、彼女は1つの卵を食べることができる」というように意味をもった内容でイメージをしっかり持つことができれば、記憶は深く確実なものになるはずだ。
- 既得の知識との関連づけ
- 電流や電圧ということを知らない人に「電流=電圧÷抵抗」というオームの法則を覚えさせようとしても、「でんりゅうはでんあつわるていこう」という呪文をとなえるようなもので理解度は低く、短時間のうちに記憶から消えてしまうだろう。ところが電流や電圧についての既得の知識がある人にとっては、「抵抗」という考え方やオームの法則は新鮮な知識として受け入れられ、一生役立つ力として定着するはずである。学習者にどのような既得の知識があるかを見極め、それを生かしてさらに高度な内容を与えていくのは学習指導の基本である。
- 相互の関連づけ
- 上記の2つに似ているのだが、1つ1つの学習内容は学習者にとって初めてのものであっても、それぞれを関連づけることにより1つのまとまりとして覚えることができるものも多い。例えば7つのものをまとめて覚えた場合、1つのものを忘れても他の6つを覚えていれば、補完することで忘れたものを思い出すことができるという例もあるだろう。
- 体験との関連づけ
- 「○○県の県庁所在地は△△市」ということを暗唱するのは大変だが、その市に行ったことがある人にとっては、暗記しようと頑張ったりしなくても「○○県の県庁所在地は?」という問題に答えることができるはずである。体験と結びつければ記憶は確実で消えることがない。
特別に予習や復習をしなくても学校での学習に集中するだけで学習内容の大半を確実に身に付けることができる子供がいるというのは前述の通りである。
この子の頭の中の活動を考えてみると、新しく学習した内容を自らの体験や既得知識と結びつけて深く理解し、それを反芻し、他の条件でも成立するか考えてみたりしているはずである。あるいは、学習内容を自分の言葉で説明できるかどうかなどを試しているかもしれない。
つまり、短い学習時間の中で復習のようなことを繰り返しているのである。教師の話を右の耳から左の耳へと素通りさせているような子供とは、その点で大きく違っている。
「学習に集中している子」は学習内容を自分のものとして深く理解するだけでなく、無意識のうちに数回の復習をしているのである。これによって学習の定着度、言い換えれば記憶が確かになっている。
受け身の姿勢だけで聞いている子供が多いときに、いわゆる講義型で教師の一方的な話だけに終始する指導を行ったのでは、エビングハウスの実験のように無意味な内容を暗記させるだけで、学習指導としての効果は少ない。これだと、「今日の放課後に居残りの復習を1時間、帰宅後に必ず復習を1時間、さらに週末には総まとめの復習を3時間!」というような、子供にとって苦痛ともいえる学習を強いなければならないだろう。
子供が自らの頭で考える体験的な活動を多く取り入れ、理解を深いものにし、1時間の学習時間の中で復習的な活動を行わせることで、エビングハウスの忘却曲線とは違った学習効果を与えることができるだろうし、プロである教師は、指導している全ての子供にそのような学習活動を行わせるような指導法を工夫しなければならない。
記憶の仕組みを十分に理解した上で行われる教師の学習指導があった上で、学習者である子供が自らの努力として予習と復習を行うのであれば、まさに鬼に金棒である。
なお、学習内容が比較的簡単である小学校の低・中学年のうちは、教室の学習で初めて身に付けたことを振り返るという復習だけで十分だと思うし、学習内容が高度になってくる小学校高学年意向は、自宅で「これはどういうことなのだろう」と予習をした上で、教室の学習で「なるほど、そういうことだったのか」と納得し、それを帰宅後の復習によって確実な理解にまで高めるという「予習復習併用型」が望ましいと思う。
<03.09.28>ホームページに戻る
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