あごわかれ



 学期末の日にやる教職員の慰労の飲み会(この頃は茶話会のこともあるが)を私の地域では「あごわかれ」と呼ぶ。

 私が教職に就いた頃(25年も前だが)に、もうそう呼ばれていたので、おそらくずっと前からそうだったのだろう。

 聞いてみたら、学校現場に限らず他の職種でもその手の会合を「あごわかれ」というようだし、職場に限らず、地域の団体や学校のサークル等でも「あごわかれ」をやるようだ。



 最初にその言葉を聞いたとき、「顎」が別れるという意味だと思ったので、「学期の終業式の日に『顎』が別れるとなると、普段は『顎をつき合わせて仕事をしている』ということになるのだろうか‥‥?」と不思議に思った記憶がある。



 その後、この疑問を解決するために語源を調べるということもなく暮らしてきたのだが、先日、ふと思いついて辞書を調べてみた。

 自分ではなんとなく方言のような気がしていたので、辞書にこの「あごわかれ」があることはあまり期待していなかったのだが、調べてびっくり、なんとこの「あごわかれ」は辞書に載っている共通語であったのだ。



 辞書には次のようにあった。

広辞苑(岩波書店)
あご−わかれ【網子別れ】
漁期明けによる網漁師仲間の解散
日本国語大辞典
    (小学館)
あご−わかれ【網子別】
(「あご」は網子で漁夫の意)
漁期が終わること(分類漁村語彙)
[方言]別れの会食。送別宴。(北海道・新潟県)




 なるほど、私の周囲で使っている「あごわかれ」の語源は「網子別れ」であり、これは全国的に通用する言葉のようである。そして、この「あごわかれ」「離散会」とか「送別会」の意味で使うのは方言になるようだ。

 方言として使っているのは、上記の「日本国語大辞典」によると「北海道・新潟県」となっているが、私の住む秋田県でも使っているので、「日本海沿岸の北日本から北海道にかけて」ということになるのだろうが、「あごわかれ」「あご別れ」をキーワードにインターネットで検索してみると、「神戸・灘の造り酒屋の行事」などというホームページでも使われている例もあったので、もしかしたら広い範囲で使われているのかもしれない。



 「あごわかれ」の反対の意味で、「顔合わせ会」を「あごあわせ」とか「あごがため」と呼ぶ例もあるようだが、これはどちらかというと若干勘違いをした転用のようで、正しい使い方ではないようだ。



 私と同じ地域に住んでいる方でも、「あごわかれ」という言葉を聞いたことがないという方もいるかもしれない。

 年末の仕事納めの時期にやる会は「忘年会」と呼ぶことが多いし、年度末の人事異動などに伴う会は「送別会」と呼ぶので、それらの会をあえて「あごわかれ」と呼ぶことは少ないだろう。



 学校の場合も2学期末だと「忘年会」になり、3学期末は「送別会」になる。ただ、1学期末は夏休みに入る前に「1学期の間の努力を慰労し、夏休み後に元気に再会できることを期して」「あごわかれ」と呼ぶ会を行うので、ある意味では「あごわかれ」は学校現場でだけ使用頻度の高い特別な言葉なのかもしれない。



 ただ、今年度(平成14年度)から「完全学校週五日制」になり、夏休みや冬休みの教職員の勤務態様が大きく変わった。

 これまでも公務員である私たち教職員は「週休二日制」であったのだが、土曜日は授業日であったので、教職員も土曜日に4時間の勤務を行い、その分を夏休み・冬休み等の長期休業に「まとめどり」というかたちで休んでいたのである。

 ところが今年度からは毎週土曜日をきちんと休むようになったので、まとめどりがなくなり、長期休業中も正規の勤務を行うようになった。したがって1学期が終わって、子供たちは夏休みに入っても、教職員は毎日出勤するので、学期末の日に「1学期中はお疲れさまでした。夏休み後にまた元気でお会いしましょう」という感じは全くなくなってしまったので、「あごわかれ」の気分は薄れてきた。

 最初に書いたように「あごわかれ」として飲み会をやらずに、ケーキを食べる茶話会形式にする例も増えてきたようだし、「あごわかれ」そのものをやらなくなった学校もあるようだ。そのうちに「あごわかれ」も死語になっていくのかもしれない。私としては「さあ夏休みだ!」という開放的な気分で「あごわかれ」の飲み会をやっていた頃が懐かしくもあるのだが‥‥。



 今回はかなりローカルなネタなので「オラホだけかな」に入れたほうがよかったかもしれないが、一応は「語源ネタ」でもあるので、「うんちく講座」として扱った次第である。
<03.01.14>


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