まずい歌の化粧法



 中学生の頃、初めてカセットレコーダを買ってもらった。

 それまで歌は上手だと思っていたので、さっそく自分の歌を録音してみた。今のようにカラオケだのシンセサイザーだのがある時代ではなかったから、無伴奏の生歌録音である。(今だとアカペラなどと洒落た表現もするが、要は一人で伴奏する手だてがなかったのである。当時はギターもほとんど弾けなかったし‥‥)



 そこで、テープを再生して大きなショックを受けた。

 自分の声の感じが、自分が思っていたものと大きく違っていたこともあるが(これは、普段は頭蓋骨を伝わった自分の声帯の音を鼓膜で聞いているのでしょうがないのだが)それ以上に、自分の歌の音程が不安定だったからである。

(今になって考えれば、伴奏というガイドラインなしで歌えば、絶対音階でもない限り、安定した唱法などは無理なのであるが‥‥)



 その後、高校・大学とアマチュアロックバンドでボーカルを担当してきたが、「自分の歌は音程が悪い」ということは常に頭にあった。そういう点でオペラのアリアや民謡などで、ほとんど無伴奏の状態で正確な音程と豊かな響きで歌い上げる人を見ると、自分との違いを痛感するとともに、「この人たちは天才なのだ」と思いながらも、できれば自分もそのように歌いたいと思ったのである。



 ライブ演奏だと、歌うときの表情や動作で雰囲気を盛り上げれば、音程の悪さをごまかすこともできるが、それを録音したものを聞くと、「やっぱり外れてるなぁ」という感じを持ってしまう(自分が乗っていると思うときほどその傾向は強い)

 しょうがないので、ライブの際には、ボーカルアンプのリバーブを目一杯かけるとか、エコーチェンバーを使うとかして、なんとかしたのだが(^^;)、バンドをやらなくなって、自宅で多重録音などをやることになると、自分の歌のまずさをどうやってごまかして、上手そうに録るかというのが大きな課題となった。



 いろいろと試行錯誤を重ねて、現時点では、とりあえず「佐々木彰流『まずい歌の化粧法』」を確立したという次第である(^^;)

 以下は、私の試行錯誤の足跡である。何かの参考になればということでまとめてみたので、興味のある方はご覧いただきたい。(サンプル曲は『早春賦』である。『知床旅情』ではない‥‥)



 まずは、何の効果もかけずに1人の声で歌うという例である。(下のMIDIプレーヤの再生ボタンをクリックして聞いていただきたい)


特別な効果なしで
1人で歌う

 このサンプル演奏は、音程が正確であるが、これで音程が不安定だとごまかしようがない。音程が正確ではあるが、表現力という点になると、お聞きのとおり若干寂しい感じがする。



 次は、リバーブ(残響)効果をかけた例である。


1人の歌にリバーブ
をかける

 高校でロックバンドをやっていた頃には、ボーカルアンプのリバーブを目一杯かけたのだが、そういう設備がない自宅録音の場合には、風呂場とか階段の踊り場といった残響効果のある場所で歌ったりした。その場合、その場所全体の響きを録音しなければいけないのでマイクの設置場所が問題になる。その結果、ボーカルそのものが不明瞭になるという欠点がある。意外に効果があったのが、反射式石油ストーブの燃焼部分にマイクを置き、ストーブに向かって歌うという方法である(^^;)これは残響も歌詞も明確で、高校時代の私のお気に入りの録音法であった。(しかし、この方法では、音程のまずさは、あまりごまかせない)



 ボーカルにうねり効果をかけるという手もある。昔のギターアンプにはトレモロという強弱の変化をつける効果があったが、MIDIシーケンサー等についているモジュレーションもこれと似た効果がある。下のサンプル音源はその例である。


歌にモジュレーション
等の効果をかける

 強弱ではなく、音程的に元の音程を上下させてうねり効果をつける方法もある。(ビブラートと呼ぶのだろうか。いわゆるこぶしと呼ばれるもので、故村田英雄さんなども多用していた)

 これを電子的に行うとなれば、MIDIシーケンサー等では、ピッチベンドを細かくかけることになるので操作が複雑になるが、生歌ではけっこう一般的に行われる唱法である。私もカラオケなどでは生歌でくどいくらいに使うことがあるが(^^;)全ての曲に合っているとはいえず、シンプルなスタイルの曲などでは、ビブラート等を多用するとかえって聞き苦しくなるので注意したい。



 器材さえあれば効果的なのが、エコー効果である。


エコー効果を
かける

 現在ではこの効果を電子的にかけているが、旧型のエコーチェンバーでは、録音ヘッドで録音した生音データを、少し遅らせて再生ヘッドでひろって再生し、それを生音とミックスさせるという方法でエコー効果をかけていた。

 これはけっこう魅力的な音になる。ただ効果を深くかけすぎると、リズムがぼんやりするので、アップテンポな曲には合わないということもある。



 上記3つの方法は、ある程度の器材がないとできないが、最近、私が多用しているのは、特別な器材がなくてもできて、しかも効果は絶大という方法である(^^;)

 それは、ユニゾンで歌うという方法である。


ユニゾンで
歌う

 具体的には、一度自分が1人で歌った録音に、更に自分の声を重ねるのである。

 マルチトラックレコーダーなどがあれば、良い音質でこの作業ができるが、それがなくてもラジカセが2台あればこの方法が可能である。

 1台目のラジカセに生歌を録音し、それを再生しながら同時に歌って、それを2台目のラジカセに録音すればよいのである。音質は若干劣化するが、この方法を繰り返せば、たった1人で何十人分もの合唱を録音することも可能である。



 音の響きを豊かにするために、同じ音程の音源を複数鳴らすというのは、楽器ではよく使われる方法である。

 ピアノでは1つの音程につき3本の弦(低音部は2弦)を張っている。共鳴効果もあるし、完璧に同じ音程ではチューニングできないので、微妙な音程のずれが音の響きを増す効果につながっている。ギターでも12弦ギターでは1つのフレットに同じ音程の2本の弦(低音弦では1オクターブ違う弦)を張って同様の効果を出している。



 ただし、ピアノや12弦ギターでは、2つ以上の弦を完璧に同じ音程にするのは物理的に無理があるので、微妙な音程のずれで響きの豊かさを出しているのだが、電子的に(MIDIデータなどで)同じ音を出してしまうと、いくつの音源を同時に鳴らしても結果的には1つの音に聞こえていまうので、上のサンプルデータでは、意図的にそれぞれの音のピッチを若干ずらしてある。その結果、音の響きが出る効果が生じる。



 生演奏でこの効果を出すためには、フェイズシフターという、音の位相を若干ずらした音を元の音と合成する器材があるが、ボーカルでそれを使わずに似たような効果を出すには、複数の人間が同じメロディを同時に歌うという斉唱(ユニゾン)という方法がある。

 ただ全く声質の違う人間がそれを行った場合には、あまり効果が期待できない。例えば、森進一と五木ひろしと前川清が一緒に歌っても気持ちのよい音にはならないだろう(^^;)

 しかし、森進一が二人いて、いっしょに歌ったら、かなり魅力的な音になるのではないだろうか。

 ザ・ピーナッツとかこまどり姉妹のような双子デュオが成功したのは、生で魅力的なユニゾンの音を出せたということがあったからだと思うし、狩人のような兄弟デュオももともとの声質が似ているという点を生かしたので魅力的な音を出せたのだと思う。



 合唱団の人などは、あまり癖のない標準的な発声をするようになっているが、これはそれぞれ兄弟や双子でなくても、ユニゾンにしたときにきれいな響きになるように考えられているからである。



 しかし、同じ人物が多重録音等の方法でユニゾンができるなら、合唱団のようにあえて無個性な発声をする必要はないし、むしろ個性的な発声のまま、魅力的なユニゾンができる可能性がある。(森進一が50人もいる合唱団の歌をぜひ聞いてみたいものである)

 実際に、カーペンターズなどは、同じパートの歌を何度も録り重ねて独特なカーペンターズサウンドを作っているという。



 前述のMIDIの例のように、完璧に同じものをいくら重ねても複数の音には聞こえない。ただ単に音量が増すだけである。

 ところが複数の音に微妙なずれがある場合は、それが音の響きの豊かさにつながる。



 となると、若干、歌の音程が不安定な私には最適の方法である(^^;)

 歌うたびに音程が微妙にずれる。しかし毎回同じところで音程がずれるというのではなく、何回に一度、それぞれ違ったところで音程が少しずれるのである。

 したがって、仮に4回、同じ歌を重ねて録音したとすれば、(それぞれの部分で)少なくても2回以上は正しい音程で歌うことになるから、全て重ねたときには、ほとんど正しい音程で歌っているように聞こえ、若干はずれてしまった部分は「豊かな音の響き」効果(^^;)を出すということになる。

 しかも、もともとの声質は双子以上に似ているわけだから、ユニゾンの響きもかっこよく決まる(^^;)



 ということで、最近の私の自作曲録音では、ほとんどこの手法を使っている。(「Akira's コンサート」で公開している生歌バージョンや、自作CDでお聞きいただきたい)

 曲によっては、メインになる1つめの歌の録音に隠し味のように2つ目以降の歌を重ねている場合もあるし、2つの歌をステレオの左右に振り分けて特殊な効果(音がほとんど同じ場合には真ん中に定位し、ちょっとずれると左右に広がる)を狙っている場合もある。ユニゾンでなく2つ以上のパートを歌う合唱の部分も同じ声質だと効果的である。

 なお、余談であるが、そういう方法を駆使しても、自分で聴いてみるとやっぱり音程の不安定さが気になるので、グラフィックイコライザー等を使い、音程が明確になる中音域をカット気味にして、発音が明確になる高音域をブーストしたりしている(^^;)



 このサイトをご覧の方で、自分の歌を録音してみようという人で、かつエフェクター器材に恵まれない人(あまり多くはないでしょうが)は、お試しいただきたい。

 なお、私のように音程が不安定でなくても、歌うたびに若干のニュアンスの違いがあるという人には、この方法は効果的だと思う。ただし、何度歌っても完璧に同じという人には効果がないことも付け加えておきたい(そういう人はいないと思うが‥‥)
<02.08.26>


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