「しまった」お盆篇


その1



 「しまった!」

と男は思った。

 男はついさっき死んだはずであった。

 神も仏も信じない男であった。死後の世界の存在などは、はなから信じていなかった。



 ところが‥‥

 意識があるのだ。死んでからもなお、はっきりした意識があるのである。



 生きているときには、ろくなことをしなかった。警察の世話になることはなかったが、それは捕まらなかっただけのこと。もし神が男のやったことを見ていたとしたら、地獄に堕とされるに違いないような生き方をしてきた男であった。



 死後の世界があることを、男は実感した。そして「しまった!」と思ったのである。

 「まもなく裁きがあるだろう。そして俺は地獄に堕ちるのだ」と男は観念した。そして、神を信じて誠実に生きてこなかったことを悔やんだ。



 それからどのくらい時間がたったであろう。誰も男を迎えに来る様子はなかった。



 「おかしいぞ‥‥」と、男が思い始めてから、さらに数日がたったような気もした。

 男は次第に気づいてきた。おそらく、どんなに待っても迎えは来ないだろう。迎えが来るどころか、何も起こりはしないのだ。

 ここには何もないのである。感覚も、認識も。

 あるのはただ意識だけであった。



 視覚も、聴覚も、触覚も、味覚も、嗅覚もない。もちろん自分の身体の存在感もない。時間の感覚も、思考さえもないのだ。

 ぼんやりした気分があるだけで、それを何かの言葉にしてみようと思っても、その文字が出てこない。文字だけではない、その言葉を音にして思い浮かべようとしても不可能だった。男はまさにカオスそのものだった。



その2



 これが死後の世界なのだろうか。他の人も同じような世界にいるのだろうか。男にはそのことを知るすべさえなかった。

 眠りの休息さえもない世界で、男は長い時間を過ごした。



 これが地獄なのかもしれない。何の変化もない時間が永遠に続く‥‥

 そんなことを男は感じていた。



 光。

 そうだ、光だ。

 カオスがコスモスになるには、光があれば‥‥



 「光あれ!!」

 男は強く願った。

 しかし、何も起こらなかった。



 やはり、地獄なのか‥‥

 と、男があきらめたとき、何か小さな光が見えたような気がした。



 光が見えた。

 それは‥‥‥

 迎え火であった。






 「なんじゃ、こりゃぁ! いつもの『うんちく講座』と全然違うじゃん!」と思われる方もいるかもしれない‥‥(^^;)

 まあ、一応は国文学系統を専攻した私なので、たまにはこういうのを書いてみようかなと思ったのである。

 作品としてだけなら、その1だけでよいのだろうが、お盆にリリースする「うんちく」なので、全くの蛇足でつけたのがその2である。こういうつまらないものに、ああだこうだとごちゃごちゃ書くのも悪趣味だから、このぐらいにしておこう(^^;)

<00.08.13>



ホームページに戻る うんちく目次へ