無菌生活の影響



 雑巾をきちんと絞れない人が増えているという。

 何気なく見ていたテレビでとりあげられていた。雑巾やタオルを絞るには、剣道の竹刀を握るように持ち、脇を締めて手首を内側に絞り込むようにするのが正しい方法なのだが、これができるのは日本人の4割程度で、あとの6割の人は鉄棒にぶら下がるときのように両手の親指側をつけて握り、左右の手を逆方向にひねる方法(これを横絞りというのだそうだ)で絞っているということだった。



 私のような40代以上の年代だと、正しい方法(縦絞り)でできる人が半数以上なのだが、30代以下になれば、大多数が横絞りでやっているとのことである。

 これは、かなりショックだった。



 この他にも、私にとっては「できるのが当然」と思われるような、生活の基本的な技能が身についていない若い人が増えてきているのだそうだ。

 その番組では、次のような例をあげていた。

 水道の蛇口をひねる
 リンゴの皮をむく
 鉛筆を削る
 靴のヒモをむすぶ
 マッチを擦る
 服のボタンをはめる 
 ほうきで床を掃く


 何気なく見ていた番組なので、若干違っているかもしれないし、まだ他にもたくさんの例をあげていたようだが、いわゆる手や指を使ってする日常的な動作ができなくなっているのだと思う。



 「日常的な」と書いたが、実は、このような動作は、もう日常的とは呼べなくなっているのかもしれない。

 実際、その番組では、ダイヤル式の電話機を使えない子供の例(ダイヤルの穴に指を突っ込むだけで、回そうとしない)をあげていたが、ダイヤル式の電話機そのものが、ほとんどなくなってしまったということも影響しているのだろう。



 それにしても、水道の蛇口をひねることができない子供が増えているというのには驚いた。

 そこで気をつけて見てみたら、たしかに蛇口をひねるタイプの水道は減ってきているように思える。比較的多いのがレバーを押し下げるタイプだが、このところ急増しているのが、手を下に差し出すだけで自動的に水が出てくるたいぷのものだ。

 さすがに自宅にもこのタイプのものがあるという子は少ないだろうが、公衆トイレなどにはかなり設置されてきている。



 公衆トイレなどは、不特定多数の人が使うのだから、考えようによっては、どこの誰かもわからない人が触ったものに手を触れるということは汚いと感じることもあるだろう。

 手に触れるものには「抗菌仕様」の製品も増えてきた。

 もしかしたら、近い将来、ほとんどのことは手を触れないですませることができるようになり、どうしても手を触れなければいけないものについては、全て完全殺菌済みの抗菌仕様ということになるのかもしれない。



 たしかに清潔で衛生的ではあるが、「それでいいのかなあ‥‥」という気もする。

 前述の「リンゴの皮をむく」とか「鉛筆を削る」などは、汚いというよりも危なくないようにという発想からきているのだろうが、いずれ、「汚いものに触らない」「危ないものに触らない」という感覚が強くなってきているのだろう。



 宮澤賢治は「ぎちぎちと鳴るきたない手」を尊いものと称えたが、本当に仕事をする手とは、そういうものだろう。

 「先生、雑巾水の捨て場がつまってしまいました」などと子供に言われると、私は汚水に手を突っ込んで、排水口につまっているゴミを取り除くのだが、それを見ると子供たちは仰天する。

 そんなに汚いことをしているわけではない。つまった排水口をなおすには、この方法がいちばん良いのだ。手はあとで石鹸で洗えばよい。



 抗菌仕様グッズが大流行する背景には、他の人が触ったものを汚いものだとする感覚があるように思える。

 人間どうしの間隔が、次第に遠ざかってきているようにも感じる。

 日常触るもので、すぐに菌に感染するほど、人間はやわではないはずだ。それに他の人の手だって、そんなに汚いものではない。



 手を汚さずに掃除ができるなど、世の中が便利になっていくのは良いことなのだが、異常な清潔重視が、基本的な生活技能のない「仕事のできない手」を大量生産しているのではないだろうか。



 とはいうものの、学校現場では、食品の衛生などには、かなり気をつかっている。実際に食中毒が発生した例なども見ているが、いったん発生してしまうと、本当に大変なものだ。

 汚いことをさせないというのではなく、食品等を扱う際には、十分に清潔に気をつけるということは大事なことで、それを否定する気持ちはない。

 昔は、そんなに気をつかわないで暮らしていても大丈夫だったのだが、この頃では、昔はなかったような強力な病原菌も多く出てきている。最近の異常な清潔重視の傾向も、「菌が強くなった」ということが、少しは影響しているのかもしれない‥‥

<99.08.06>



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