へんとうせんひだり



 子供の頃、私は風邪をひきやすかった。風邪をひくとのどがはれ、40度近い熱が出た。

 小学校の定期健康診断では、いつもお医者さんから「へんとうせんひだり」と言われた。本当は「扁桃腺肥大」と言っていたのだろうが、幼い私の耳には、どうしても「へんとうせんひだり」としか聞こえず、「どうして僕だけ、『へんとうせん』というものが左にあるのだろう?」と不思議に思ったものだ。

 他の子は、あーんと口を開けて、お医者さんからのどの奥を見てもらっても、「はい、いいですよ」と言われるだけなのに、自分は毎年のように「へんとうせんひだり」と言われる。のどの左側を触ってみても、別に右側よりはれているということもなかった。

 たまに、私のように「へんとうせんひだり」と言われる子がいると、「ひだりの仲間」ができたような気がしたものだ(^^;)

 一度、そういう子に頼んで、のどの奥を見せてもらったこともあるが、左右は対称であり、左側に特徴的なものを見つけることはできなかった。

 「ひだり」が「左」ではなく、実は「肥大」だということがわかったのは、保護者用に配布される「健康の記録カード」の文字を読めるようになってからなので、小学校の中学年あたりだったように思う。



 この「扁桃腺」、今でもそういう言い方をする人が多いが、実は誤った言葉なのだそうだ。



 正確には「扁桃」と言うらしい。「腺」がつかなくなったのは、それが本来の「腺組織」ではないということがわかったからだ。

 「扁桃」は「口腔およびその付近の粘膜内部にある発達したリンパ小節の集合体」の総称である。昔は「リンパ節」のことを「リンパ腺」と呼んでいた。したがって「扁桃」も「扁桃腺」でよかったのだ。

 「腺」とは、「特有の分泌物を生成して排出する機能をもつ生体組織」のことである。「汗腺」「涙腺」「唾液腺」「皮脂腺」「乳腺」などは導管を通して分泌液を排出するため「外分泌腺」と呼ばれる。導管をもたず分泌液を血液や組織液中に排出する腺は「内分泌腺」である。

 「リンパ液」は、毛細血管から組織内に浸出した組織液であり、特定の腺から分泌されるものではない。従来、「リンパ腺」と呼んでいたものは、「リンパ管の途中に介在する結節」で、「腺組織」ではない。したがって、「リンパ腺」という名称も本当は間違った呼び名である。

 実際には、通称として一般的になってしまっているので、お医者さんでも「リンパ腺」「扁桃腺」と言う人も多いのだそうだが、正式に言うのならば「リンパ節」「扁桃」が正しい。だから「扁桃腺肥大」「扁桃腺炎」ではなく、「扁桃肥大」「扁桃炎」が正式名称である」



 ちなみに、「扁桃」の本来の意味は、「アーモンド」(食用にされる木の実)のことである。辞書をひいても「扁桃」の意味の第一には「アーモンド」をあげている辞書が多い。2番目の意味として「のどの奥のリンパ小節の集合体」というのが書かれているはずである。

 辞書によって、「扁桃」を「アーモンドの和語」としているものと、「アーモンドの中国語」としているものがあるようだ。



 ところで「扁桃肥大」であるが、軟性肥大と硬性肥大があるのだそうだ。軟性肥大は学童時の生理的肥大にみられ、かなり多くの子供は扁桃が肥大している。

 3歳頃から肥大し始め、6〜7歳を過ぎると自然に萎縮するのがふつうだが、この時期を過ぎても萎縮しない場合、症状がひどいときには、部分的切除または全扁桃の摘出を行うこともある。

 肥大がひどい場合は、「アデノイド」と呼ばれ、後鼻腔がふさがれるための鼻閉塞になり、習慣性口呼吸・いびき・睡眠障害などの症状を起こし、注意力や記憶力などが減退することもある。

 単なる肥大は手術の対象にならないが、呼吸や嚥下に著しい障害をきたす場合や、炎症を繰り返して腎炎、心内膜炎、リウマチなどを起こす場合は手術が必要である。

 扁桃自体は、リンパ組織であり、細菌などの侵入物に対して、抗体をつくって生体の防御にあたるものなので、本当は除去しないほうがよいのだが、扁桃そのものが細菌の感染を受けて扁桃炎を生じることが多いようであれば、除去するという対応をとらざるをえない。



 私の弟は、身体が弱く風邪をひきやすかったので、扁桃を除去する手術を受けた。そうしたら、風邪をひいたときの症状が軽くなった(呼吸困難になることがなくなった)

 そこで、私も(親に連れられて)手術をしてもらおうと医者に行ったのだが、「これは大人になると自然にはれなくなりますから、切る必要はないですよ」と言われ、帰ってきた記憶がある。

 たしかに、中学生ぐらいになったら、風邪をひいてのどがはれるということは、かなり少なくなった。

 もしかして、「へんとうせんみぎ」になったのかもしれない(^^;)

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