当たり屋の怪文書



 先日、スポーツ新聞に「九州で『当たり屋』車の怪文書出回る」という記事が出ていた。

 その記事によると「山口、大阪ナンバーなどの車が県内に入り込み、車を意図的にぶつけて示談金を要求するので気をつけるようにという内容で、車36台分のナンバーがこと細かく記され、中には具体的な車種名も挙げられている」とのことである。

 しかし警察が確認したところによると、該当するナンバーの車はほとんどなく、これまで事故の発生や届け出もないのだそうだ。



 実は、それとほぼ同じ内容の文書が私の手もとにある。半年ほど前に、職場で配布されたものだ。私が持っているものでは、ナンバーが記載されている車の台数は34台だが、山口ナンバーが大多数で、他に大阪ナンバーなども書かれているから、ほとんど同じものだろう。



 これをもらった時点では、職場にいるときにもらったのだから、警察とか教育委員会などの正規のルートから流れてきた文書のように思っていたのだが、あらためて確認してみたら、そうではなくて、ある人がどこかで手に入れたものを、職員の人数分、印刷して配ってくれたものだということがわかった。



 あらためて、よく見てみると、たしかに怪しい感じもする。誰が誰宛に出した文書なのか、はっきりしないのだ。

 ここに、その内容を転載してみる。



当たり屋軍団について
1.
下記ナンバーと接触事故を起こした場合、その場で示談にせず直ちに警察に連絡すること
2.
警察が到着する前に自分の氏名・住所・電話番号・勤務先は絶対に言わないこと
3.
交差点で急にサイドブレーキで停車するので、車間距離を十分にとること
4.
社内・自家用を問わず、全員にコピーを渡すこと
5.
このコピーを必ず車内においておくこと
6.
知人・友人に知らせてあげること
(以下、車のナンバーが列挙されている)



 上の内容の1・2番には、巧みに警察という言葉が使われているので、うっかりすると警察が発行した文書であるという感じを持ってしまう。

 3番の内容も、当たり屋の被害を回避するために気をつけるべき事項ということで、素直に受け取ることもできるのだが、4番以降は、この文書についての取り扱いを指示している内容なので、落ち着いて考えてみれば、「おかしいぞ!」と思えるような内容である。



 この文書は、学校に限らず、様々な職場で広まったらしい。(学校以外の人と飲んだときも話題になった)

 その後、「どうも、あの文書はガセネタらしい」という話も出たのだが、私の場合は、律儀にも言いつけを守って(^^;)この印刷物をきちんと車の中に保存しておいた。(それで、まだ手もとにあるというわけである)



 この手の文書を見たのは、これが初めてではない。新聞には「同様の文書は、93年、96年にも出回り、今回もほぼ同じ内容。出所はわかっていない」とあったが、私も、これまで数回、このような文書を見たことがある。

 どうも、これは、新手の「不幸の手紙」(幸福の手紙ということもあるようだが)のようだ。

 「不幸の手紙」が、「この手紙を読んだら、○日以内に、○人の人に同じ内容の手紙を出さないと、貴方は不幸な出来事に巻き込まれます。現にアメリカの○○州では‥‥」というように、いかにもうさん臭い内容なのに対し、この文書が一見、公的な機関から配布されたような感じを与えるように書かれているのが違っている点だろう。



 こういった文書が横行する背景には、トップダウン型の社会の仕組みがあると思う。

 私の職場でも、様々な文書が、いわゆる「上」から届けられる。具体的には、国→県→県の支所→市町村の担当部局→末端の職場という具合である。

 もともとの内容がA4判1枚の文書でも、それに各ポジションの送り状が全て添付されて、5枚以上の送り状とともに末端に届くということもある。

 ほとんどの場合は、とても大事な内容の文書なので、それ自体は致し方ないのだが、途中のチェック機能というのはないようにも思える。



 前述の怪文書の場合は、わけのわからないルートで届いたので、こういったルートに乗ったということではないが、仮に何かのはずみで、こういうルートに乗った場合、どこかの部分で、「この文書の内容はホントなのかな?」というチェックが働いたならば、誤って下の部署に流すということはなくなるはずである。

 具体的には、前述のように「このナンバーに該当する車が実際に存在しますか?」ということを訊ねてみれば、怪しい情報が流布するのは防げるはずである。



 いちいち、それぞれの下の部署が、上の担当部署に対して、「それは本当ですか?」と確認をしていたならば、いわゆる上意下達のシステムは停止してしまうので、普通は上からきた文書は、そのまま下の部署に伝えるのが、役所の決まりなのだろうが、内容によってはチェック機能を働かせるのも必要なこともあるかと思う。

 それぞれの部署の長は、上からきた内容を盲目的に下に流すということではなく、じゅうぶんに内容を吟味し、場合によってはそれに補足を加えたり、ときとしては「このような内容では、私の下の部署の理解を得られるとは思えません」と上に戻してやることも必要かと思う。

 トップダウンとボトムアップの両面が機能してこそ、健全な組織になるのだが、ボトムアップといっても、必ずしも1番下の部分から意見を吸い上げるということだけではなく、いわゆる中間管理的なポジションからの上へのリアクションというものも大事だと思うし、それができなくては留守番電話やファックス転送サービスと同じ働きしかできない役職ということになるだろう。



 「当たり屋」の怪文書を考えついた主は、もしかしたら、こういった世の中の機構を笑っているのではないだろうか。(実際には縦型の機構の中に、横から忍び込んで、上から来たような顔をしているのだが‥‥)

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