こうもり言葉オノマトペ
自分で意味を知らない言葉を、他の人から「この言葉の意味は当然おわかりでしょう」というような感じに使われると、むっとしてしまう。
まあ、私がものを知らないのがいちばん悪いのかもしれないが、あまり世間的に通用していない言葉を「知っていて当然」のような顔つきで話す人も、私から見ると「ちょっとねぇ‥‥」という感じである。
「オノマトペ」という言葉を、私が初めて聞いたのは10年以上前だったと思う。
地域の国語科の研究会で、私より少し若い先生が、「この作品ではオノマトペが効果的に使われて‥‥」のような発言をしたのだった。
「おのまとぺ?」なんのことやらわからない。「小野的平(おの−まとへい)」という人の名前だろうか。それとも「加トちゃん、ペ!」の類だろうか‥‥。
近くの席の人に小声で聞いてみるが誰も知らない。恥ずかしいが思い切って挙手をして質問する。
「あのぉ、おのまとぺって何ですか?」
会場にいたほとんどの人は、「そうそう」というような顔をし、数人の人が、「それも知らないの?」というような少し自慢げな顔をした。
「あっ、『オノマトペ』は擬音語とか擬声語のことです」という答え。
なぁんだ、それだったら最初から擬音語・擬声語と言えばいいのに‥‥と思ったが、とりあえず意味だけはわかったので、それ以上は聞かなかった。
それから、だんだん「オノマトペ」という言葉にお目にかかるようになった。国語教育の研究誌などにもたまに出てくるし、教師の会話の中にも使われるようになってきた。学校の図書館でも「おのまとぺのことば」などという絵本を目にした(「わんわん」とか「ざーざー」などの言葉が大きな文字で書かれ、絵がついている本だった)
そのたびに、一応、意味はわかっているので、「ああ、擬音語・擬声語のことだな」と思うのだが、オノマトペという言葉そのものについて深く調べたことはなかった。
それが日本語なのか外国語なのか。外国語だとすればどこの国の言葉で、本来の意味は何で、どんな発音をするのか。外国語でないとすれば、誰がつくった言葉なのか。そういうことをあいまいにしたまま過ごしてきた。
「おのまとぺ」という響きは、いかにも日本語的である。私が聞いた範囲では、全ての人が「お・の・ま・と・ぺ」という日本の五十音図にある発音でしゃべっていた。仮に外来語だとしても、英語的な感じはしない。フランス語とか南欧あたりの言葉なのではないか‥‥と思っていた。実際、オノマトペと言っている人に、「それはどこの国の言葉?」と聞いても答えられる人もいなかった。
ところがある日、英語の辞書を何気なく見ていたら、なんとオノマトペに出くわしたのである。
英和辞典に「onomatopoeia」とある。分節表記すると「on-o-mat-o-poe-ia」、発音は(発音記号を表示できないのでカタカナで代用するが)「オノゥミャトゥピア」である。(「オ」に第1アクセント)
意味は「擬声語。bow-wow,mewのように自然の音をまねて言葉をつくること」であった。(注:bow-wowは犬の鳴き声でバウワウ、mewは猫の鳴き声でミュー)
オノマトペはれっきとした英語だったのだ。(発音は「おのまとぺ」ではないが)
ただ、アメリカに住む人にたずねてみたら、この言葉は日常生活でそれほど耳にすることはないという。英語の擬声語・擬音語は、日本語のそれの3分の1程しかないのだそうだ。
擬声語・擬音語を「オノマトペ」という人はかなりいるのに、擬態語を表す英語である「mimesis」(ミミシス)という言葉を使う日本人はほとんどいない。中には擬態語まで「オノマトペ」で通すお粗末な国語関係者もいるようだ(^^;)
考えてみれば「オノマトペ」もかわいそうな言葉である。
本当は英語なのに、多くの日本人からはそう思われていない。日本人の誰かの造語か、フランスかどこかの国の言葉だと思われている。
また英語圏の人が、日本人の言う「オノマトペ」を聞いても、おそらくそれが英語の「onomatopoeia」だとは思わないだろう。(英語を話す人そのものが「onomatopoeia」を知らないかもしれないし)
まるでケモノの世界からも鳥の世界からも仲間はずれにされた「こうもり」のような感じがする。
この手の言葉は、まだたくさんあるように思う。いくつか列挙する。
レジメ
もともとはフランス語の「resume」(レジュメイ)からきており、「概要・概略・摘要・大意」などの意味である。英語としても使われるが、英語で「概要・概略・摘要・大意」の意味を表す場合は「summary」(サマリイ)を使うことが多く、アメリカでは「resume」というと「履歴書」の意味で使うのが一般的なのだそうだ。
このレジメという言葉もここ10年くらいはよく使われているようだ。講演会などで講師が自分の話すことを簡単な印刷物にまとめて配布したりするのがそうなのだが、本当の意味で「レジュメ」になっているものを作っている人は少ない。
会議の「会長あいさつ・決算報告・議事」などの要項もそうだと思って「れじめに沿って進行いたします」などと言われるとがっかりする。しかも発音はしっかり日本式の「れじめ」である。きっと語源などは知らずに「れ締め」という言葉があると思っているのだろう。無理して「レジメ」などと言わずに「要項」と言えばいいものを‥‥。
モラール
これも10年ほど前に聞いて、「モラル」(moral:道徳・倫理)の言い間違いかと思った記憶がある。これは英語で「morale」(モラール:士気・志気・勤労意欲)だが、わざわざ「職員のモラールを高める」などと言う必要もないように思える。
なんでも横文字で表せばいいのではないとよく言われるが、「フラワー・フェスティバル」とか「スポーツ・イベント」などという言葉に対しては、私はあまりムッとしない(^^;)
英語がもとになっていることがすぐにわかるし、その意味も理解できるからである。
つまり私は、自分の英語のレベル(中学校で習う程度の言葉)で理解できるカタカナ語には、あまり反感を持たないのである。
結局、私の英語のレベルの問題なのかもしれないのだが、世の中にそれほど高度な英語の語彙力を持っている人は多いとも思えないので、「擬声語」「大意」「士気」などのように日本語で表現した方がすっきり意味がわかるような言葉を、あえて英語でも一般的でないような言葉を使ってカタカナ語にする必要もないのではないだろうか。
また、語源をしっかり知った上で、意識的にその言葉を使うのならまだしも、自分でもよくわからないのに誰かが使っていたのをまねて、おかしな発音でその言葉を使うのも、どういうものだろうか?
私が「オノマトペ」とか「レジメ」とか「モラール」という言葉を嫌いだというよりも、そういう言葉を多用する人の感覚に共感できないというのが、正直なところなのかもしれない(^^;)
追記
「オノマトペがフランスかどこかの国の言葉かと思われているかもしれないが、れっきとした英語だったのである‥‥」と前述したのだが、その後、シンガポール在住の方(日本人)から、メールで「オノマトペは、まさしくフランス語です」というご指摘をいただいた。そのまま引用させていただくと、以下の通りである。
onomatopee(初めのeにアクサン・テギュがつきます)と綴り、まさにオノマトペと発音します。さらに英語はonomatopoeiaは語源的には同じラテン語→ギリシャ語ですが、発音は第5音節の「ピ」にあります。
なるほど、発音も「オノマトペ」だとすれば、日本で使われている「おのまとぺ」のもとは、フランス語の方だったのだろう。また私がモノを知らないことが露呈した次第であるが‥‥(^^;) こうやって、いろんな方々から情報を教えていただけるのは、ありがたいことである。
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