ピアノのメンテナンス



 学校にはいろんな業者の人がやってくる。

 そういう方たちとのつきあいは、注文したり仕事を依頼したりするだけでも足りるのだが、ちょっとした話をしてみると、いろんな事を学ぶことができる。

 よく「学校の先生は世間を知らない」などと言われるが、実際、生活のほとんどの時間を子供とだけつきあっているのだから仕方がない。勤務以外の時間にいろんな職種の方とつきあえればよいのだが、なかなか時間もないので、本人が意識的にやらないと、全く子供と教職員の世界しか知らないような環境になってしまう。

 学校に来る業者の方は、それぞれが自分の仕事に関してはプロフェッショナルなのだから、その方たちの仕事のことをちょっと話してもらうだけでも、ずいぶんと知らないことを教えてもらえる。

 例えば消火器の点検に来た業者の人と話すと、最新の防災関係の傾向などを簡単に教えてもらえる。花屋さんが来たら学校の花壇に植える「安くて丈夫で長持ちしてきれいな花は何か」ということもアドバイスしてもらえる。

 業者の方も、学校に行っても、お金や納期などの事務的な話しかしなくて教師と話し込んだりすることが少ないのだろう。ちょっと世間話などをすると、けっこう親しく話してくれる人も多い。

ピアノはこのようにフタを開けておきましょう


 来る度に私とよく話をするピアノ調律師の人がいる。年齢は私よりちょっと下かもしれないが、似たような年代である。

 彼がやって来るのは年に2回。夏休み後の定期調律のときと、卒業式前の調律のときである。ちなみに卒業式前の調律は「業者の誠意」ということでサービスで来てくれる。

 ピアノの調律は、けっこう孤独な作業である。誰もいない音楽室や体育館で神経を張りつめながら作業をする。普通だと作業が終わると職員室に行って請求書を置いて帰るのだろうが、彼と私とは、パソコンの事や楽器の事、電子音楽の事、車の事など、共通の話題が多いので、調律の休憩時間や仕事が終わってからの時間など、しばらく話をすることが多い。彼のほうも私と話をするのが楽しみなようで、私が学校にいる日に合わせて予定を組んでくれるし、放課後遅くまで話をして帰ることもある。(現任校の前の学校でもそうだったので、もう5年以上のつきあいになる)

 そんな中で彼から教えてもらったことも多いので、ここでその一端を紹介しようと思う。学校や自宅のピアノの管理に役立つこともあるかと思う。



ピアノは開けておいたほうがいい

 ピアノの1番の敵は湿気なのだそうだ。特に寒い時期になると、体育館など寒い場所に置かれているピアノには周囲の空気中の水分がみんな集まって結露してしまう。

 学校でも家庭でも、ピアノを使わないときは、ホコリがかからないようにフタを閉め、重厚な布製カバーをかけていることが多いが、これがいちばん湿気を集める原因になるのだそうだ。

 体育館のピアノなどは、ホコリが多い場所に置いてあるので仕方のない面もあるが、あまり人の動きがない家庭のピアノはカバーなどかけず、鍵盤の上のフタも全部開けておいたほうが楽器のためには良いのだそうである(上の画像のように)。
高級家具のように立派な布カバーをかけたりするのは楽器の寿命を縮めるだけなのだそうで、欧米にはそんな習慣はないのだそうだ。

 ホコリがたまっても、掃除機で吸いとったりブロワーで吹き飛ばしたりすれば元に戻るが、湿気で結露したり錆びたりすると元に戻すには大変だとのことである。




古いピアノをリフレッシュするには

 ピアノはけっこう長持ちするので、ものによっては30年、40年も使っているということもあるだろう。学校のピアノなどは50年以上になるものも多い。

 長い間使っていると、さすがにいろいろなところがへたってくるが、リフレッシュするにはどうしたらいいだろう?

 基本的には、毎年、調律するだけでよいのだそうである。地区によって違うかもしれないが、1回の調律料は1万5千円から2万円程度である。

 ピアノの弦やハンマーも劣化するが、それによる音質の劣化はあまりないのだそうだ。

 どうしても取り替えたいというのなら、ハンマー等の打弦アクション部分を交換・修理する方が効果的だそうだ。

 弦はとても強く張られているので、切れでもしない限りは交換の必要はないとのことだ。ピアノ全体の弦を張り替えるとなると、約20万円位かかるそうだが、作業も大変な上に、張り替えてから数年間は弦が伸びたりして音程も安定しないし、聴感上は大きな変化もないため、高い金をかけても「やって良かった」という感じはないそうである。(ギターなどは古い弦から新しい弦に替えると劇的に音が良くなるが、ピアノではそういうことがないのだそうだ)

 どうせ高い金をかけるなら打弦部分のハンマーの交換の方が良いとのことだ。こちらも全部交換すると20万円程度なのだそうだが、こちらは目に見えて音が明るくはっきりするし、弾くタッチも軽快になるそうだ。




ニュアンスも注文できる

 最近はデジタルピアノも増えてきているという。生の音を出さないので、スピーカーから出る音量も調節できるし、場合によっては外に音を出さないでヘッドフォンだけで練習ができるということで、住宅事情の良くない日本には適しているのだろう。

 しかし、調律師の彼に言わせると、そこから出てくる音は、あくまでもピアノの音をした「音階」であって、ピアノそのものの「響き」ではないという。

 たしかに電子ピアノ(方式はいろいろあるが)は、生ピアノの音の波形を電気的に発振させたり、サンプリングした音データを再生したりということで、音はスピーカーから個々の音、もしくはその合成というかたちで出てくる。

 それに対して生ピアノは、打弦された弦どうしや、打弦されていない弦、筐体などが微妙に共鳴しあって、音が「響き」として聞こえてくる。

 電子ピアノも開発が進み、限りなく生ピアノに近い音質にはなってきているが、最後の一点では生ピアノになりきれない。

 「特に違うところは、電子ピアノは、どこで誰が弾いても同じ音がでること」だと彼は言う。

 音を出す電気的な部分が同じなのだから、製品化された電子ピアノはどれも同じ音が出るというのは当然のことである。もちろん音程も狂わない。

 ところが生ピアノは、1台1台、違った鳴り方をするように調整ができる。調律師の存在意義は正しい音階に調整することではなく、意図的に微妙に音程を狂わせることだと彼は言う。

 かなり高い音域の部分はピアノ線の本数が1本だが、普通の部分は1つの音に対して3本のピアノ線が張られている。調律師は張りを調節することで音程を整えるのだが、3本を完全に同じ音程にすると、味気のない音になるのだそうだ。

 3本の張りを微妙にずらすことによってピアノらしい豊かな響きが生まれるのだそうだが、そのずらし方も、そのピアノでどんな曲を弾くかによって変えるのだそうだ。

 学校のピアノは癖のない無難な音にまとめるのだそうだが、プロピアニストやプロを目指す人などの場合は、話し合いの上で調律の仕方を変えるという。ジャズを弾く人、リストを弾く人、モーツアルトを弾く人‥‥、それに応じた調律をし、さらに弾く人の意見を聞いて微妙なニュアンスを出していくのだという。

 例えばモーツアルトが生きていた頃は、まだピアノのフレームが完成しておらず、全体に華奢(きゃしゃ)な造りだったそうだ。ハンマーアクションも軽くできており、約7mm程鍵盤を押し込むと音が出るようになっていたという。

 ところがベートーベンの時代になると現在と同じ様な頑丈なフレームを持つピアノになり、鍵盤も力強く10mm押し込んで音が出るというようになったのだという。

 したがって作られた曲も、当時のピアノの性能を反映したものになっているということだ。だからモーツアルトの曲を多く弾くという人には軽やかなタッチで軽快な音が出るように調整し、ベートーベンを弾く人には力強いタッチに対応できダイナミックな音が出るように調整するのだそうである。

 デジタル楽器が普及するとピアノの調律という仕事はなくなるのではないかと思っていた私であったが、彼の話を聞いてみるとそんなことはない。より芸術性に富んだピアノ演奏をするためには必要不可欠なのが調律師であるし、実際に調律師の人たちは、そのような研修をつんでいることがわかった。




余談その1

 バンドがステージで演奏するとき、その見取り図などに楽器名をアルファベットの略称で書くことがある。ギターの場合は「Gt」、ドラムなら「Dr」である。そして、ピアノは「Pf」。なんでそうなるかというと、ピアノの正式名称が「ピアノ−フォルテ」だからである。つまり「弱い音(ピアノ)から強い音(フォルテ)まで演奏できる楽器」という意味でつけられた名称とのことだ。(これはは調律師さんから聞いたのではない)



余談その1

 業者の人から話を聞くといっても、学級担任の先生たちはなかなか機会がないかもしれない。それでも休み時間などに職員室に行ったとき、顔なじみの業者の人がいたら、「何か変わったことはないですか」とか「近頃おもしろい話はないですか」などと意識的に声をかけるようにすると、だんだんむこうのほうから声をかけてくれるようになるものだ(私の経験)

 その成果か(^^;)、私の場合、いろんな話をしてくれる業者の方は多い。自分の仕事机を離れて(これが基本であると思う。自分の机で忙しそうに仕事をしながらでは、業者の方も気を使って帰ってしまう)お茶を飲みながら談笑していても、「あいつ、また仕事をさぼってムダ話をしているな!」と思わないでいただきたい(^^;)

 これも研修のひとつだし(^^;)(^^;)やがては総合学習の時間等に生きてくる(はずである)。けっして「うんちく講座」のネタ集めをしているわけではない(^^;)

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