この話を、夜中にふと目覚めてトイレに起きたときや、
深夜に家族がみんな寝てしまってから入浴するとき、
それに一人で車を運転するときなどに思い出さないでほしい。
奇妙な光景を見た。
夏の昼下がり、A市に出かける用があり、田舎道の踏切に差し掛かった時であった。
踏切の警報機が鳴り出し、慌てて停車した私の車の前を列車が通り過ぎて行った。
「試験走行」・・・ たしか、その列車のネームプレートには、そう書いてあった。
列車の客席には誰も乗っていなかった。その車内を車掌がひとりだけ歩いて点検していた。ちょうど私の車の前を通り過ぎて行く時、偶然か車掌が私の方を見た。
!
私の方を向いた車掌の顔に、なぜか見覚えがあるような感じがしたのは、私の気のせいだったのだろうか。
車掌のことが気になっていたせいだろうか、私はA市に向かう道に右折する角をひとつ間違えた。もうひとつ先の交差点で右折すればA市に抜ける峠に続く道なのだが、その前に右折してしまったのだ。
引き返そうかなと思った私の目に、「林業道路A市線」という看板が見えた。
そうか、この道を行ってもA市に着くのか。
もしかしたら新しい近道を見つけられるかもしれない。そう思った私は、その道を進んでみることにした。
道はまもなく登りにさしかかった。道幅は狭く、ふだんあまり通る人も少ないのか、夏草が道におおいかぶさるように茂っている。
「まずいな‥‥」
この道を行ってはいけないような直感があった。
引き返そうと思ったが、車がやっと1台通れるような狭い急勾配の曲がりくねった坂道。
方向転換をすることもバックで戻ることもできない。
もう少し進んだら、引き返せる場所があるだろう。
そう考えて、さらに坂道を登って行った。
登りの坂道がずっと続く。いつもの峠道を通っていたら、とっくに国道に出ていたぐらいの距離を走ったはずだ。
「道に迷ったな」
そう思ったとき、登りの勾配が終わり、道は下りになった。
「ここまで来たのだから、下ってみよう」
そう思って、車のギアを高速に入れ替えた。
下りは緩い坂道だった。
見通しもよい。
道の先はゆっくりとした左カーブになっていて、それがトンネルに続いている。

坂道の上から道を見通したとき、カーブの右側の草むらに、車が1台、落ちているのを見つけた。
カーブを曲がりきれずに落ちてしまった事故車だろうか。それとも人通りの少ない山奥に捨てた廃車だろうか。
おおい茂った夏草にかくれてよく見えないが、遠目にも白い車体にサビが浮いていて、ずいぶん前からそこにあったように見える。
いずれにせよ、私はあの車のようにならないようスピードを落として慎重にカーブを曲がることにしよう。
坂道を下って、その車が落ちている場所に近づく。
?
私の車と同じ車種だ。
私の車も買ってだいぶ経つのだが、このモデルが発売されたのは、たしか5年ほど前のはずだ。
それにしては、あそこに落ちている車は、ずいぶん古く見える。まるで10年以上も前から、そこに捨てられているようではないか。
さらに、その車がある場所に近づいてきた。
「何県の車なのだろう?」
無意識のうちにナンバープレートを見る。
草のかげになって見にくいが・・・・
「秋田 ○ ○○○○」!!
そんな・・・!
それは、私の車と同じ番号であった。
「見間違いさ・・・」
いやな気分になった私は、アクセルを踏み込んで、その車の脇を通り抜けた。
通り抜ける瞬間、怖いもの見たさに、ちょっとだけ、その車の運転席を見た。
誰も乗っていない。
「当然さ・・・」
ただ、運転席の前のルームミラーに下がっていたマスコットが、今、私の車の中で揺れているものと同じだったような気がしたが・・・
その車の脇を通り抜けると、道は登りになりトンネルへと続いている。
急にエンジンの回転が下がった。
「きつい坂道を走ってきたせいかもしれない・・・」
そう思う間もなく、エンジンが苦しそうな音を立ててとまった。
登りの坂にさしかかっていた車は、後ろに下って行きそうになる。
慌ててサイドブレーキを引き、イグニッション・キーを回す。
セル・モーターは回るが、エンジンはかからない。
突然、大きな音を立てて、スピードメーターの下にあるトリップ・メーターが逆回転をし始めた。
「もし後続車が来ていたら危ない!!」
そう思って、ルームミラーで後方を確認する。
ルームミラーには、ちょうどカーブ脇に落ちていたあの車が写った。
!
さっきは誰もいなかったはずの運転席に、人が座っている。
そして、その人は私に向かって手を振っている。
手を振っているその人の顔は・・・・
私だった!
突然! 車が後戻りを始めた。
ブレーキを踏んでも、サイドブレーキを引きなおしても止まらない。
坂道を猛スピードで後ろ向きに下る。
ガツン!!
激しい衝撃とともに車は止まった。
さっき見かけた車と、ちょうど同じあたりの道路脇の草むらに落ちた。
頭と胸を激しくハンドルに打ちつけた私は、激しい痛みの中であたりを見渡す。
さっきの車の姿はなかった。
「そういえば、あのときの車掌の顔も・・・」
薄れゆく意識の中で、私ははっきりと、その顔を思い出した。

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