Silent World
Silent World 2月9日更新
沈黙が続いていた。
「・・・」
教室には、これまで無かったような静けさに包まれている。
「・・・」
どれほど時間が経っただろう。
高校に入って1年が過ぎようとしている。
教室はにぎやかだ。静かになる時もないことも無いが、普段は大抵誰かが喋っている。
俺たちの朝は話し声で始まり、話し声で終わっていく。そんな日が始まっては終わり、
始まっては終わり・・・
その繰り返しだ。
そんないつもの世界から隔離された音の無い世界に、俺は突然放り出された。
「・・・決心はつきましたか?」
声が沈黙を破った。幻聴?いや、幻聴ではない。いまのは生活技術担当の教師の声だ。
少し話を戻そう。
その日は間違いなく「いつもの日常」だった。朝起きて、学校に行き、帰ってきて、
パソコンをいじって、少し勉強して、寝て、また朝になる。そんないつもの日常。
5時間目の授業。生活技術。いまは「子供の成長」について習っている。
その日は前の時間にやったプリントを丸付けしていた。
丸付けは順調に進み、もうすぐ終わるころだった。この時の時刻14時45分。あと
少しで学校が終わる。いつもの日常が終わる。
俺は学校にいる時は、いつも事件が起きないかと思っている。
誰かと誰かが殴り合いのケンカを始めたらどうなるだろう。それが殺し合いに発展した
らどうなるだろう?
生徒全員が各クラスの教室で集団自殺したらどうなるだろう?
職員室に爆弾が仕掛けられている。それが12時40分、4時間目が終わる時間ちょう
どに爆発したらどうなるだろう?
あるマンガにこういうセリフが出てきた。
「普段の生活を思い出してみろ。」
「学校に行き、授業を受け、家に帰る。」
「そして家でも机に向かい、たまにオナニーでもして寝る。」
「そんな繰り返しの中で、誰もがうすうす気づくはずだ。生きている実感が無い事を。」
「リアリティーの欠如を。」
俺の生活はまさにそうだった。俺はリアリティーを感じた事がない。
さらにこんなセリフが続いた。
「リアリティーの復活。我々だけじゃない。日本国民全てのリアリティーを復活させるのだ。」
「我々が過激派として、日本の敵になるんだ。」
「無差別に人を殺し、次々と街を壊す。」
「人々は怯えながら気づいてくるだろう。これは他人事じゃない。映画の中の話じゃない。」
「次、殺されるのは自分達かもしれない。」
「それが生きてる事の実感。リアリティーの復活だ。」
極端な考えかもしれないが、実にいい考えだと思う。
死ぬ事を実感しなければ、生きている事を実感できない。そんな国になってしまったのなら
この方法をとるのも仕方ない。
俺もその活動に参加したい。
その活動に参加するって事は、テロリスト集団の仲間になる事になる。
って事は、簡単には抜け出せなくなる。
しかも、秘密を外部に漏らせば即刻消される。足がついたら当分ムショのなかで臭いメシ食わ
なきゃならなくなる。
なにより、人を殺してもいいという考えを持つ事にも問題がある。
それが悪いとは思わない。が、人を殺してもいいって事は、自分も何時殺されても文句は言
えないって事になる。
それもリアリティーを感じる1つの方法だろう。
そんな事を考えていた時、事件は起こった。
誰かの携帯が鳴った。
授業中は携帯の電源は切っておくことになっている。切り忘れて授業中に鳴りでもし
たらソッコー没収だ。
別に誰の携帯が鳴ろうが没収されようが驚く事ではない。すぐ没収されて終わり。そう
思っていた。
だが、今日は違った。
「誰ですか?」
こんな事を書くと変な誤解を招くかもしれないが、この人は俺から見て綺麗な人だ。
だからどうしたってわけでもないが。
何処と無く甘い声で、それが顔の綺麗さを強調させる。
生活技術の教師は普段キレることは無い。俺たちもキレるような事もしないので当然だ。
だが、この日は違った。
携帯の持ち主が名乗り出なかった。
「誰?」
もう一度聞くも、名乗り出ない。
それから数十秒が経過した。
今のうちに自首すれば罪も軽くなる。これまで授業中に携帯が鳴った事は何回かあっ
たが、いずれもすぐに名乗り出て、没収だった。
「名乗り出てください」
誰も名乗り出ない。さらに数十秒が経過した。
「・・・」
教師も俺たちも口を開かない。その状態はまた数十秒続いた。
「みんなに迷惑なんですけど。」
優しい声で言った。そしてまた数十秒。いや、この状態は徐々に長く続くようになっ
ていた。
「正直に名乗り出ませんか?」
普段の声だったかもしれない。だが俺には違って聞こえた。いつもより優しい声、そ
の声の裏には明らかな腹立ちがあった。腹立ちを隠そうとしているような優しい声。
「・・・」
突然の事で、俺は「この状態」の正体がすぐには分からなかったが、そのうち分かっ
た。「この状態」の正体は「沈黙」だ。
「私は携帯が鳴ったことに怒っているんじゃありません。それを隠し通そうとしてい
る事がすごく許せません。」
優しい声だが、怒りのボルテージは確実に上がっている。
そしてまた沈黙。すでに数十秒ではなく、数分間になっていた。
「全員の携帯集めて、履歴調べますか?」
本当にやりかねない。俺に限らず全員が思っただろう。
「・・・」
怒りを揺さぶる沈黙が続いた。
「このままだと、みんながイヤな思いをしますよ?」
「・・・」
間違ってもいない。「みんなが・・」という部分以外は。他の奴らはわからないが、
少なくとも俺は楽しんでいた。この空気を、この状態を、この沈黙を。
「6時間目の授業をつぶせないし、放課後残ってもらいますよ?」
一言一言が重く響いた。寒気を感じさせる声を聞いたのは、これが初めてだ。
「・・・」
相変わらず名乗り出ない。時間が経つほどやりにくい。
「私だけじゃありませんよ。」
「・・・」
「みんながイヤな気分で終わる事になります。」
「・・・」
「だけど、1人だけこの雰囲気を壊す事が出来る人がいるはずです。」
なかなかいい表現しやがる。そんな事を考えていた。
それからしばらく沈黙が続いた。
「・・・決心はつきましたか?」
名乗り出る決心がついたかという事だろうか。というたとえ決心がついたとしても、
この雰囲気の中じゃ名乗りづらい。
キ――ン コ――ン カ――ン コ――ン
気がつけば20分経っていた。5時間目が終わる時間だ。このチャイムの音色はイギ
リスのビッグベンの鐘と同じ音色らしい。
「終われませんよ?」
ある程度予測済みだ。このまま終わらせるほど甘くない。他のクラスは廊下に出たり
していたが、俺たちはこの世界から抜け出せずにいた。いつもの世界から隔離された、
音の無い世界に。
ここまで読んだ人は、俺が携帯の持ち主だと思ったかもしれない。だが違う。俺は携帯
を持っていない。調査が行われたとしても俺は対象外だ。
授業終わりから3分が経過した。
6時間目は英語だ。今日はALTをいれた3人の担当教師達が来るらしい。その3人がこの
状況を見たらどう思うだろう。俺はその光景を想像していた。
その時、俺の後ろの方で1人の人間が動いた。
携帯の持ち主だった。
2月8日 水曜日
相変わらずの日常だった。リアリティーを感じるような事もなかった。
だが、今日、俺は別の世界に行った気がした。
音の概念が無い世界。無数の音が飛び交っているこの世界では、そんな世界は想像で
きない。だが、想像できないだけで、もしかしたら本当にあるかもしれない。
音の無い世界、光の無い世界、そんな世界もありうるかもしれない。
パラレルワールドと言う世界が本当にあるとすれば、俺たちがそこに行く方法はある
のだろうか?今日、俺が一瞬でもその世界に行ったとすれば、その世界への扉となっ
たのは1つの携帯だった。
別世界への扉は、俺たちが気づいていないだけで、以外に近くにあるのかもしれない。
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